人の意のままに使える家庭用ロボットに照準
知能機械情報学専攻 下山 勲 教授

五感機能を皮膚1枚の中に埋め込み、賢さ実現
工学利用と科学応用の両面から次の時代を拓く

 購入後、電源スイッチを入れたら、インターネットからソフトウェアやデータをダウンロードして動き出し、テーブルの上に置いたケータイを取ってくれる、ジュースをコップに入れて運んできてくれる。人間の意のままに応えるこんなロボットができたら、特に高齢者や体の不自由な人にとって大助かり。ロボットに賢さを与えるアプローチはさまざまだが、下山教授は、人間の五感に相当する感覚機能をセンサーとして組み込んで賢さを実現し、人間の指図どおりにロボットが安全かつ信頼性高く動いて仕事をこなす、つまり、誰でもいつでも安全に使える家庭用ロボットをつくりたいと考えている。そのために、視覚や触覚、聴覚などの感覚機能を、必要なところにフレキシブルに配置するという発想でセンサー研究を推進している。一方で、昆虫の羽ばたき機構を解明する研究を進めており、工学的な利用とともに、生体の計測や制御研究を通して科学への応用を図るという独自の視点で次代に新風を吹き込もうとしている。

家庭用ロボット仕様のセンサーを

昆虫を規範にした電動型羽ばたき機
MEMS技術を用いて試作した
ピエゾ抵抗型差圧センサー
4×4フレキシブルセンサーシート
※画面をクリックして拡大画像をご覧下さい

 自動車や家電をはじめ、多くの産業でロボットが導入されているが、中心を担っているのがセンサーである。クルマには加速度センサーやジャイロセンサーが使われ、クルマそのものをつくるのに、部品の大きさ、形などをセンサーで判断してつかみ、組み立てたり、塗装したりする産業ロボットが活躍している。次のターゲットとして期待されている家庭用ロボットでも、主役を演じるのはセンサーに違いないが、現在は、クルマやFA分野で使われているセンサーを転用しているケースが多い。センサーという意味では同じなのだが、家庭内で人間のリクエストに応じてやさしく安全に動いて仕事をこなしてくれる“家庭用ロボット仕様”にはなっていないのだ。

 コップを持ち上げたり、食器を食器洗い機に入れたり、洗濯物を洗濯機に入れて乾燥後、収納したり、ロボットが家庭内で多様な仕事をするには、視覚、触覚、聴覚に加えて、嗅覚、味覚に相当する化学量(においや味)を感知するセンサー、壁など障害物に近づいたことを感じ取る近接覚センサーなどが必要だ。人間では五感に当たる、これらのセンシング機能を身に付けると、人間へのやさしい支援が可能になる。そこで、下山教授は、多くの感覚機能を1枚の皮膚の中に埋め込み、皮膚全体がセンシング機能を持つようにする、チャレンジングな研究を推進中である。

 いまのロボットは何かが当たっても感じないし、ロボットの腕が何かに当たりそうになってもわからない。それを感知する感覚を持ち合わせたら、ぶつかりそうだから、少し前で止まるとか、何かが近づいたなということがわかってくる。下山教授は、そういうことができる知能をロボットに植え付けることを考えている。食器の後片付け、洗濯と乾燥後の収納といった、求められるいくつかの仕事を安全かつ信頼性よく、確実にやれるロボットにしたい。その目的に合ったセンサーを用意したいのだ。たとえば、センサーを組み込んだロボットを、家電量販店や通販で買ってきてつなぐだけで、ロボットは日用品などに仕込まれたバーコードやRF-IDデータと、インターネットからダウンロードしたプログラムやデータですぐに仕事を始める。そういう対応ができれば、いよいよ家庭用ロボットの出番である。

 ロボット研究は人間型のヒューマノイドなど、トータルシステムを志向する研究者が多いが、センサー研究が主体だからといって、下山教授に縁の下の力持ちという意識はない。むしろ、“ロボットシステムの成否を決めるもの”という確信のもと、五感をセンサーとして人工的に実現する道を探っている。それを具体化する手段としてMEMS技術を駆使している。MEMSはナノメートル(nm)からマイクロメートル(μm)の寸法の世界で支配的な効果を利用する、いわば、ナノ・マイクロの世界を演出する有力な技術である。下山教授はこのMEMSで日本を代表する研究者の一人である。

 では、肝心の感覚機能はどこまで実現したのか。下山教授は慎重に言葉を選びながら、「視覚や触覚などの原理を押さえた段階」という。つまり、まだ大学の知を発揮しなければならないレベルにあり、センサーというカタチに仕上げて、実際にロボットを動かすところまで具体化するには、相当時間がかかるとみている。アイデアを見いだして原理を固める大学と、それをカタチにし、実用化へ結び付ける企業が役割分担をしながら協働していくことが不可欠で、「ロボットというシステムに仕上げるまで、まだ10年は必要でしょうね」

豊富な知識が科学の不思議を解く

 一方、昆虫などが持つ羽ばたき機構を解明するユニークな研究も行っている。それほど多くの脳細胞を持っているわけではないのに、羽ばたいて飛翔するのはもちろん、空中であたかもとどまっているかのように飛び続けるホバリングや急旋回が自在にできるのはなぜなのか。誰しも知りたい現象である。「羽ばたき機構を追究するのは、まさにサイエンスです。わからなかった点を知ることができると、別の不思議な現象を解明するのに役立ちます。ポケットの中に知識をいかに多く持っているか、社会の課題を解くカギはその数にあります。だからこそ、未知の科学への挑戦は大事なのです」と科学研究の重要性を説く。

 下山教授の研究を2つ紹介したが、根底にあるのは、社会を変えるタネを創り出すことにあるのは言うまでもない。そうしたテーマをつかむために、学生たちにこんなメッセージを贈る。「自分でよく考えること」、「人とディスカッションをすること」。当たり前のことのようだが、実践するのは意外にむずかしい。自分の世界しか見えなかったのが、ディスカッションを通して別の道が見えてきたり、チャレンジすべき課題が浮かび上がってくることだってある。そして、もう一つ「共同研究を行うとき、自分の研究領域を大切にする」点を上げる。違う世界の研究者とコラボレーションするには、価値観も使う言葉も違うので、相手を理解しつつ、自分の強みを生かしていくことを忘れるなとアドバイスする。工学、科学の両面を深掘りする研究者の強い想いがこれらの言葉に表れている。

ISTyくん