「AI for Best Optics」ハードウェアの改良でAI時代を変革させる

鄭銀強准教授

profile

鄭 銀強(てい ぎんきょう)

東京大学 大学院情報理工学系研究科 情報理工学教育研究センター 准教授


略歴
2013年 東京工業大学博士課程修了、工学博士
国立情報学研究所コンテンツ科学研究系准教授、総合研究大学院大学複合科学研究科准教授などを務める
2021年2月 東京大学次世代知能科学研究センター(通称AIセンター) 動的実世界知能部門准教授(現職)
東京大学大学院情報理工学系研究科情報理工学教育研究センター准教授(現職)
東京大学大学院情報理工学系研究科知能機械情報学専攻准教授(兼担、現職)
画像センシング、三次元形状復元、蛍光成分の分離、光超音波イメージングなどの研究に従事。画像系の情報分野で数々の成果を残す。


近年、AI研究・社会実装が世界的なブ―ムとなっている。アメリカ・中国といったAI先進国に遅れをとる形となった日本だが、鄭 銀強准教授は、ハードウェアの製造面での強みを生かしながら、アルゴリズムの部分を発展させることで、日本のAI競争力を高めることが可能であると話す。画像系AIシステムを開発し、より難易度の高い三次元復元に挑んでいるほか、光超音波技術による医療画像解析、高機能な分光蛍光光度計の開発など、多岐にわたる研究を行う鄭准教授にAIにおける画像分野の進捗と課題、そしてAI時代に向けた教育方針を伺った。
(監修:江崎浩、取材・構成:近代科学社編集チーム)


人間の目と同じ仕組みを、機械で実現できるか

Q.先生の研究内容についてお話を聞かせてください
鄭——私は東京大学の次世代知能科学研究センター(以降、AIセンター)で、Optical Sensing and Camera System (OSCARS, オスカー)という研究室を運営し、画像センシング・画像理解の研究を基本に進めています。人間の視覚と同じ能力を機械で実現するための研究です。

Q.人間の視覚と同じ、とはどういうことでしょうか?
鄭——人間の場合、肉眼で像を写して、脳の様々な仕組みで認識・理解をします。私が行っている「画像系AIシステム」という研究では、基本的にこうした人間の視覚系に似せて仕組みをつくっており、肉眼に対応するカメラがセンシングデバイスとなります。ただし人間のように目視で画像を理解するわけではありません。深層学習を用いて、三次元復元、色解析、スペクトル解析、セマンティクス(意味論)などを行います。これはAIの研究だけに留まらず、ハードウェアの部分、光学部品や電子回路などの関連分野にも繋がっていきます。

Q.見えた後の人間の認識・理解という仕組みを再現するのですね
鄭——そうです。画像や映像を撮影し、画像と画像の間の特徴点マッチング【キーワード1】など様々な技術を使って三次元形状を再現します。カメラの動きや回転、平行移動なども同時に推定します。海外の方が東京駅の様子を写真に撮ってWebで共有することはよくありますが、クラウドに存在しているそれらの画像を活用して、三次元形状の推定をしたり、カメラの位置を推定したりという研究もやっていました(図1)。

図1:(a) 車載カメラの映像解析によるカメラ(車体)の回転と平行移動を推定 (b)クラウド写真を用いて東京駅の三次元形状推定
図1 (a) 車載カメラの映像解析によるカメラ(車体)の回転と平行移動を推定 (b)クラウド写真を用いて東京駅の三次元形状推定

Q.三次元復元で難しい点は何でしょう
鄭——全くテクスチャがついていない対象は難しいですね。あとは室外の光の影響を考慮したり、水中のものを三次元復元する実験です。水の中に入っているものは水面の屈折を考えないといけませんし、光が水を透過するときにその一部が消える吸収現象が起こるので、それらの現象をうまく活用して三次元復元をするという取り組みも行っています。

Q.今はどれくらいの完成度でしょうか?
鄭——水面の形状と水の中に入っているものの形状の両方を同時に推定するのは、一部達成しています。ただし、基本的に2つの画像の特徴点マッチングが大事なので、テクスチャが少ないものは難しいという点が課題です。先ほどの吸収現象を活用して、テクスチャがあまりついていないものに対してもリアルタイムで三次元復元を行うという取り組みを進めています。

Q.水中以外で難しい環境はありますか?
鄭——そういう意味では体の内部ですね。水中のものは、たとえ屈折があっても人間の目で見れば何かわかります。でも体の内部は見えませんよね。数年前、革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)【キーワード2】に参加して、「光超音波」という技術を研究し、血管を対象に実用化できるレベルを目指していました。

Q. 光超音波とはどのようなものですか?
鄭——光超音波の原理ですが、光は皮膚の表面に当たって、一部は血管まで届きます。血管は光を吸収し超音波を発するので、それを検出して三次元復元を行い、その結果を提供します。今まではノイズの問題がありましたが、最新の画像処理や機械学習の技術を用いることで、結構きれいに血管の様子がわかるようになってきました。さきほどのImPACTプロジェクトから引き続き、Luxonus(ルクソナス)【キーワード3】という会社で光超音波の実用化が展開されています。

Q.血管の様子は普段あまり見ることがないですね。他にはありますか?
鄭——色の解析の研究も行っています。人間の目はRGB三原色【キーワード4】しか見えません。でも自然界には三原色よりたくさんのスペクトル分光【キーワード5】があります。それらを解析することで生物研究や材質の認識に役立てるといった研究を、9年ほど前から展開しています。最近は少しシフトしてきましたが。

人間と同じ能力から、人間を超えた能力にシフトしていく

Q.物体や物質の解析に力を入れてこられていますが、元々は何を目指して研究を始められたのでしょうか?
鄭―—とても単純ですが、機械の能力が人間の能力に近くなるといいなと。そういう観点から研究をスタートしています。

Q.なるほど。しかし血管内部の様子を解析する技術は、すでに人間の視覚能力を超えています
鄭——その通りです。さきほど研究の中心が少しシフトしたと言いました。これまでは画像や映像から三次元復元や色の解析、スペクトル解析などやってきたわけですが、より難しい環境、例えば夜になったら写真を撮ってもなかなか見えませんよね。人間の肉眼でさえ、頑張っても見えない。人間と同じ能力のままでは難しい局面もあるのです。

Q.人間は加齢によってさらに見えなくなります
鄭——そうですよね。皆さんスマートフォンなどで頑張って夜の映像を撮った経験があると思います。きっとライトで照らしてどうにか写そうという発想になるのではないでしょうか。でも光が当たっている所と当たっていない所では差が出てきます。雨が降ったとか、もやが発生したとか、天気のファクターによっても影響されたり、対象の動きが速いとブラー(ぼやけ)も出たりします。そういう複雑な環境や対象に対しては、既存の手法だとなかなか解析しにくい。

Q.どのように対処するのでしょうか
鄭——私たちは「光学と人工知能の協働による画像センシングと画像認識の革新」という研究を始めています。まず1つ目は「Optics for Better AI」。今のAIだとデータの質と量がとても大事です。先ほどから話している暗いところで撮った写真などは、データの質が結構落ちています。それを改善するためには、新しい高品質なデータが必要になります。どうやって新しい高品質なデータを撮って機械に与えるか? 私たちはまず様々な光学システムや電子回路システムを作り、高品質なデータを取得して機械に与え、機械の性能を上げていくことを目指しています。

Q.高品質なデータを取るために、ハードウェアの性能を上げたのですね
鄭——そうです。そして2つ目ですが、今までのカメラは、人間の目に近くなるように作られてきました。例えばセンサは、基本的に人間の三原色の原理と同じになるように作ってあります。ですがこれからのAIの世界は「AI基準」でシーンを見ます。ある目標に向けて、一番良いシグナルは何かを考え、その目標に応じて光学の部品を最適化する、ハードウェアを改造していくわけです。先ほど言ったOptics for Better AIの次は、AI for Best Opticsです。

Q.生物のシャコにはインプットのセンサーがたくさんあるという話を聞いたことがあります。そうした環境の適応を図っていくのでしょうか?
鄭——はい。生物によっては全く可視光が見えないとか、近赤外線が見えるとか、自然界にはダイバーシティ(多様性)があります。私が考えたのは、ある目標に対して、可視光が見えることが本当に良いのか、あるいは三原色は本当に良いのかどうかということです。ハードウェアを多様性に合わせて改良していくほうが良いのではないか、と。

AIのために作るハードウェア

Q. Optics for Better AIには、どんな具体例がありますか?
鄭——いくつかの例を簡単に紹介します。まずは夜、暗い所での撮影品質を上げること。従来、高品質なカメラでは問題ありませんでした。日本の高級メーカーである浜松ホトニクスやキヤノンなど、1台数百万円するカメラですね。一方、私たちはスマートフォンや監視カメラなど、消費者レベルのカメラの暗視能力をどこまで上げられるかということに取り組んでいます。

Q.一般消費型のカメラですね。ここでもAIの技術を使っているのですか?
鄭——はい。さきほどお話しましたように、高品質のデータを与えれば深層学習のアルゴリズムがどんどん成長し、解析結果も良くなっていきます。ただし暗い所で撮影したものは品質的に低い。ではどうやって高品質のデータを取るかということになりますが、私たちは「同軸カメラシステム」を取り入れています。まずは昼間、明るい所で普通に映像を撮ります。そしてもう一つのカメラでは暗い映像を撮るのですが、暗い映像を物理的に作るためにNDフィルター【キーワード6】を使います。NDフィルターは光の強さを減衰させますが、スペクトルはフラットで、色に対する影響はほぼゼロです。それが私たちの目的にぴったりで、結果的に大量の学習データを収集できました(図2)。

図2:(a) NDフィルターを活用した同軸カメラシステム (b)明るい・暗い映像ペアを含む大規模な学習データ (c)高品質な学習データによる汎用デジタルカメラの暗視性能向上
図2 (a) NDフィルターを活用した同軸カメラシステム (b)明るい・暗い映像ペアを含む大規模な学習データ (c)高品質な学習データによる汎用デジタルカメラの暗視性能向上

Q.スマートフォンへの搭載まで話は進んでいるのでしょうか?
鄭——スマートフォンに応用することが可能かどうか、その検証を始めています。スマートフォンの内部にはISP【キーワード7】と呼ばれる、画像や映像をきれいにしてくれる処理システムが入っています。私たちはよりきれいに明るくなるように、比較しながら進めています。他にも、高速で動いている対象を撮るときに発生する「ブラー」への対処もできないかと考えています。先ほどの2台の同時刻カメラシステムで、1台は露光時間を短く、もう1台は露光時間を長くする。そういうペアみたいなデータを収集しています。

Q.目的は違いますが、考え方はOptics for Better AIと同じですね
鄭——はい。Optics for Better AIの考えで言いますと、最近のカメラの中にはグローバルシャッターではなくローリングシャッター【キーワード8】が入っています。グローバルシャッターは全部の画像を一気に露光しますが、ローリングシャッターは上から順に露光します。そうすると高速で動いているものを撮影した場合に、ゆがみなどが出てくる。その問題に対してもOptics for Better AIの考え方を試すと、改善が可能ということを確認しています。

Q. AI用にハードウェアを設計していく、という発想とも言えます
鄭——そうですね。AI駆動とか、AIと光学の融合とか、そういうカメラができたらいいですね。成功例を示せたら、関心も集まってくると思いますので。私はいま一般消費型のカメラに集中して研究していますが、理論的には浜松ホトニクスやキヤノンなどの強いセンサーの上に、さらに性能を積み上げることも可能なはずです。AIのアルゴリズムに適応したレンズや電子回路、システムを総合的に開発すればハードウェアの性能は飛躍的に上がると思います。

Q. ハードウェアはまだまだ戦える、性能アップしていけるぞ、と
鄭——その通りです。深層学習で設計したところ、今のカメラの性能に比べ約50%の改善があったという研究例も見られました。物理的な製造上の制約はありますが、一度できたものは基本的に作れますし、そこは日本の企業が強いですよね。たとえばカメラのフィルターメーカーにお願いして、私たちがアルゴリズムで設計したフィルターを作ってもらいました。プロトタイプシステム(試作品)なのでまだ簡単なものですが、AI for Best Opticsという点で意義は大きいと考えています。

ものづくりの国・日本の強みを生かして

AI開発が遅れていると指摘される日本。今後AI技術で世界に存在感を示すためには、どうすればいいかをお話いただいた

Q.AIの活用をハードウェアの改良から考える、という点はとても面白いですね
鄭——ありがとうございます。これからはAIを活用していく時代になりますから、人間だけが作業するのではなく、ある目標に対して自動判別する、という場面が増えます。そのときアルゴリズムだけではなくハードの部分を工夫して、ハードウェアとソフトウェアを融合することで強い性能が得られるはずです。結果として、日本のAIの競争力が強くなると思います。これまで日本は「ものづくりの国」でしたし、職人の経験やノウハウを持つ日本メーカーは世界で競争力があります。AIを活かせるハードウェアという分野では勝機があるのではないでしょうか。

Q.AIを活かすという話ですが、先生は日本のAI研究の動向に関してどうお考えでしょう
鄭——これは私の個人的な考えですが、まだAIがそれほど熱くなかった10年くらい前から、すでにアメリカの戦略は始まっていました。IT系の研究機関でアルゴリズムの部分を展開していこうという。逆に日本は材料や製造プロセスの方が強いので、今来ているAI時代の流れに乗ってソフトウェア工学やアルゴリズム研究と相乗効果を発揮させることができれば、将来的に製造分野で有利に立てると考えています。

Q.そのために日本企業は何をすればいいでしょうか
鄭——たとえば、産業界と学界のコラボレーションの場を作る、ということでしょう。産業界のニーズと、アカデミアの先生方が持つ最新の技術・将来の方向性など、情報を交換できる場が活用されていけばいいなと考えています。そうすれば、これからのAI時代において「もの作りをAIで変革させる」ということも想像しやすくなりますよね。

Q.先生ご自身はコラボレーションの経験はありますか?
鄭——日立ハイテクサイエンスという会社の開発本部と共同研究を行っていました。元々私が所属していた国立情報学研究所の先生と一緒にやっていた取り組みですが、2019年に分光蛍光光度計F-7100【キーワード9】のシステムとしてEEM Viewという製品が発売されています(図3)。でも、この結果を意図して導いたかというと、必ずしもそうは言えないのです。

図3:日立分光蛍光マイクロスコープ EEM VIEW
図3 日立分光蛍光マイクロスコープ EEM VIEW

Q.それはどうしてでしょう?
鄭——実はどこで応用可能か全くわかっていなくて、単純に今までやったことのない蛍光の特性が面白いと思って研究していました。蛍光成分というのは、白いTシャツなどの衣類、自然界の石や魚などにも入っています。蛍光の特性として、光の波長が変わると強さは変わりますが、蛍光のスペクトル分布は変わりません。反射特性と蛍光特性は全然違うので、蛍光と反射の分離ができます。私たちはその研究で論文を出して、特許などを申請して、という従来の流れで動いていたに過ぎません。

Q.では、日立ハイテクサイエンスとの連携はどのように?
鄭——ある日、日立ハイテクサイエンスから連絡があり、私たちが連携することで、今残されている問題を解決するのは可能かどうかというお話がありました。当時から日立ハイテクサイエンスのF形の製品は世界的に有名でしたが、まだ蛍光と反射の分離は1点ずつしかできなかったので、サンプルを何回も移動させながら繰り返し計測していた。その課題解決に使える、というのです。

Q.広い範囲を計測するのが難しかったわけですね
鄭——はい。計測の範囲がすごく狭かったので、大きいサンプルだとなかなか大変でした。ユーザーから会社に対して要望が送られてきていたそうです。私たちの研究では“面”で計測をやっていました。基本的にカメラを使って一発で情報を取り込む。日立ハイテクサイエンスはそういうユーザーからのニーズはわかっていましたが、計測の技術はまだ持っていませんでした。一方私たちは、持っている技術がどこで役立つかという社会のニーズが全くわかりませんでした。相乗効果が狙えると気づき、すぐに共同研究を開始して、1年かけて製品化が実現しました。

Q.そうした経験からコラボレーションの重要性をお考えになられたのでしょうか
鄭——大きいと思います。もちろん今までも学会など、企業の方や大学の先生・学生も参加しての交流はありました。今後さらにアカデミアの最新研究と企業のニーズや解決すべき課題を定期的に交換する場をつくって、より深い話をすることで、確実に共同研究・共同開発を展開していくようにすると、将来的に多くの実績が出てくるかと思います。学会の発表時間だけでは、そこまでの話はちょっとしにくいですよね。

学生たちに育んでほしいセンスとは

自身の研究に注力する一方、熱い思いをもって学生の教育にあたっている鄭准教授。日本のAIの未来を担う学生たちに、ぜひ身につけてほしいセンスがあると話す

Q. AI研究に従事する先生から見て、学生にはどのように成長してほしいとお考えでしょうか
鄭——先ほどの日立ハイテクサイエンスの話を例にあげれば、研究結果を見て、自社の製品に応用できるかもしれないと考える、そういう発想が重要であると思います。センスというか。私は今AIセンターに所属して、AI教育を担当しています。AIという観点で、日本の将来を担う学生・人材をどう育てるか。どうやってそういった「センス」を持てるように育成するか。こうした目標に対し、今はいくつかの方法を進めています。

Q.たとえばどのような内容でしょうか?
鄭——春からの講義内容を作っているところですが、タイトルは「ユーザーのためのAI」です。日本の学界や産業界などから、最先端のAIを応用・展開している方を東大にお招きして、AIの可能性について講義していただきたいと考えています。「AIにはこんな能力があるよ」ということを学生たちに伝えてもらいたい。学生は短時間で技術の中身を理解するわけではありませんが、そういうセンスや考え方を学ぶことで、将来的にAIを活用していってほしい。その分私たちも頑張って、何とか違う分野の方を紹介するなど交流の場をつくって、いろいろな連携の話を展開して、実応用までいけたらいいなと。

Q.企業との連携については、どのようなアドバイスを?
鄭——目標を達成するまで分解することが大事だと伝えています。ばらばらに分解して、どこまで解決できるか。この部分は知り合いの先生に助けてもらうとか、どうやって推進の仕組みを作っていくとか。そういう話は実際に展開するときに大事なので、これからもきちんと伝えていきたいですね。

Q.先端技術をどう実用化まで持っていくか、そういう思考を鍛えたいと
鄭——そうですね。東大の学生たちは企業にも行くし、政府官僚になる可能性も高いので、そういうAIのセンスを持っていただいて、次の研究・政策をつくるときに配慮してもらえれば、私たちの教育は成功だと言えるのではないでしょうか。

鄭銀強准教授※感染症対策として、インタビュー中はマスク着用としております
※感染症対策として、インタビュー中はマスク着用としております

Q. では先生の教育ポリシーを教えてください
鄭——私の研究室では3点に注意してやっていきたいと考えています。今は全世界的にAIブームですが、一部の研究結果は再現しにくいといった問題もあります。そうするとまず1つ目に大事なのが、研究結果をちゃんと再現できるかどうか、ということと、そこに責任を持つことです。進捗があったらそれは確実に進捗ですが、間違いがあったら確実に間違っているわけですから。

Q.どんな研究でも再現度が大事だということですね
鄭——はい。次に2つ目です。学生には、基本的にAIの国際会議を目指して頑張ってやろうと話しています。単純に国際会議に投稿したい、論文を採択させたいというわけではありません。AIの分野は発展が早く競争が激しいので、今ほかの優秀な人が何をしているのか、どこまで進化しているのかをきちんと知ってほしい。AIを進化させたいと考える人は必ず通ってほしいことです。AIを活用する人材と、進化させる人材は全然違うので。

Q.なるほど、国内だけに留まっていては置いていかれてしまうと
鄭——そうです。3つ目ですが、学生全員と一緒に私も研究を行って、私が研究の「一部」を担当することです。これには目的があって、難しいところが出てきたら、私がどうやって解決していくのかを見せてあげたい、ということなんです(図4)。ただスライドや進捗報告を作ってコメントするというのは指導教員として少し足りないと考えていましたし、先生も「普通の人」だということを伝えたいんですよね。超えることが出来ないことはありません。そういうスタイルを伝えられたら、東大から卒業した人材は日本だけでなく世界でも活躍できると思います。

図4:学生と光学実験を行う様子
図4 学生と光学実験を行う様子

Q.「先生は普通の人」というのは、ものすごいメッセージです
鄭——私も最初は何もわかっていなくて、少しずつ自分でやってきて、ようやく一部がわかってきたという経緯があります。学生も成長パターンは同じで、大事なのはおそらく経験です。どんな人も普通の中に、自分の特殊な性質を持っています。未来社会の責任を担う人達ですから、日本の強みを活かす将来的な流れを、なんとか良い方向に持っていけたらと考えています。私たちは研究者として、教育者として、何ができるのか。次の世代に渡す責任と意味があることなので、常に熱意を持っていたい。

Q.教えて育てるのではなく、共に育つということですね
鄭——はい。先ほどからお話ししているOptics for Better AIのシステムの部分は、基本的に私の手でやってきましたが、学生にも「今日はこれをするから一緒にやろう」という形で誘います。私もまだやったことがないことなので、どうやって問題を解決していくかというファーストハンドの経験をさせてあげたい。そうすることで、博士課程の学生が1年間で私のレベルを超えたとしたら、もう大成功です。そして2年目、3年目で、自分のAIの課題を突破する。そういう状況になったら一番うれしいですね。

今後ますます強まっていくことが予想される分野同士のつながり

Q.学生さんと共に研究を行う上で、議論も活発に行っているのでしょうか?
鄭——はい、もちろん。様々な議論を行う機会を作っています。今はAIセンターで教育・アニメ・漫画・ゲームなどAIとは違う分野の方をお招きして、いろいろな分野の情報について議論する取り組みを行っています。その中には、先生だけでなく、企業の方も入って頂いています。

Q.エンターテインメント側との議論というのは新鮮ですね
鄭——最初はそれぞれが自分の話をしている状態でしたが、だんだんと議論になっていって、最後に何か共通の観点を見つけることができたり、意見が違うときでも相手はどのように理解しているのかを考えたりできます。私にとってもそういう場に参加することが、AIと教育の関係、AIと倫理の関係を考えるきっかけになっています。

Q.アニメや漫画など他分野との議論で、先生にとって印象的だったことはありますか?
鄭——日本には有名な漫画の先生がいて、世界的にインパクトを持っています。学生の中にも漫画を描いている方がいるのですが、漫画を作るときは、まず線を描いて次に色をつける。それが大変な作業なので、AIで一部手伝うのが可能かどうかという実験をしています。ある漫画家の先生のデータを用いて、スタイルを何度か学習させて、そのスタイル通りの色をつけられるような機能の開発などです。

Q.エンタメの現場から重宝されそうな技術ですね
鄭——将来的な話だと、AI自体が影響力のある漫画家になるとか、そういう話もあります。AlphaGo(アルファ碁)【キーワード10】は既に今のレベルだと人間が勝つことはできない。では、AI漫画家は宮崎駿先生みたいになれるのか?全世界を「おおっ、これAIなんだ!」と驚かせることができるのか。そういうことを考えると、今のAIレベルはまだ足りないのですけど。AI技術をさらに進化させることが大事です。

Q.先生の研究はエンタメ分野への応用は視野に入りますか?
鄭——人間の理解・創造力・推論・倫理など、より複雑なファクターが入ってきたときにAIを使ってどうするのかは、私もまだわかりません。おそらく将来的には、だんだんとその方向を向いた研究・開発・応用になっていくだろうと思いますが、今は目的を限定して解決していきたいという、そういうレベルを狙ってやっていくでしょう。そこからより高い目標とか、より自由な場所とか、そういうシフトをしていきたいと考えています。

Q.専門的に取り組みながらも、もう少し広いところを常に考えながら研究するということですね
鄭——そうですね。一歩一歩、前に進めていきたいと思います。
(取材日:2021年12月16日)

キーワード

1 特徴点マッチング:特徴点マッチングとは、2つの画像それぞれで特徴点を抽出し、似た特徴点をマッチングする方法。SIFTが有名。

2 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT): 実現すれば産業や社会のあり方に大きな変革をもたらす革新的な科学技術イノベーションの創出を目指し、挑戦的研究開発を推進することを目的として創設された内閣府のプログラム。2014〜2018年に実施された。
詳細はこちら https://www8.cao.go.jp/cstp/sentan/about-kakushin.html

3 Luxonus(ルクソナス):光超音波技術を応用した新しい画像撮影装置の製品開発を目的として2018年に設立された、キャノンのスピンオフ会社。
HPはこちら https://www.luxonus.jp/

4 RGB三原色:無数にある光の色のうち、特に、赤(Red)・緑(Green)・青(Blue)の3色を、目に見える光の中での最も基本の色として光の三原色(RGB)と呼ぶ。テレビやパソコンなどディスプレイ上の画像再現に使用。それに対し印刷で使われるのは、シアン(Cyan)・マゼンダ(Magenta)・イエロー(Yellow)の光の反射・吸収で表現した三原色(CMY)。

5 スペクトル分光:分光器を使って光を波長に分解(分光)するとき、波長における光の強度分布を配列したものをスペクトルという。

6 NDフィルター:NDはNeutral Density(中立な濃度)の略。レンズから取り込む光の量を減らすために使われるフィルターで、色彩に影響を与えずに光量を低下させる。減光フィルターとも呼ばれる。

7 ISP:Image Signal Processorの略。カメラ内部で電気信号に変換された画像などを加工処理する。デジタルカメラは主にイメージセンサーとISPで構成されている。

8 ローリングシャッター:1ラインから数ラインを1つのブロックにして、このブロックごとに映像を取得。これを組み合わせて1つの映像にするため、ブロックごとに若干の時間差が発生する。

9 分光蛍光光度計F-7100:日立ハイテクサイエンスでロングセラーとなっていたF-7000形の基本性能を向上させた製品。最高レベルの高感度検出系とロングライフ光源を搭載。食品分析や工業材料分野など、さまざまな分野で活用されている。
くわしくはこちらHPはこちら https://www.hitachi-hightech.com/hhs/product_detail/?pn=ana-f7100&gclid=Cj0KCQiA_8OPBhDtARIsAKQu0gY0d86QOfFwe7NIPRUdQoYUSI8Mc4EyR7y9WNLytWJc1onQvFGB234aAgflEALw_wcB

10 AlphaGo(アルファ碁):Googleの子会社であるDeepMind(ディープマインド)社が開発した囲碁プログラムの名称。深層学習で膨大な局面を学習し、コンピュータとしてプロ棋士に初めて勝ったことで話題になった。

ISTyくん