誰もがインタラクティブにモノづくりを楽しめる世界へ

梅谷信行准教授

profile

梅谷 信行(うめたに のぶゆき)

東京大学 大学院情報理工学系研究科(創造情報学専攻創造情報学講座) 准教授


略歴
2006年 東京大学工学部 産業機械工学科卒業。2009年 東京大学大学院 新領域創成科学研究科(人間環境学専攻)修士課程修了、修士(環境学)。2012年 東京大学大学院 情報理工学系研究科 博士課程修了、博士(コンピュータ科学)。
オートデスク研究所の主任研究員などを経て、2020年から東京大学大学院 情報理工学系研究科(創造情報学専攻創造情報学講座)准教授(現職)。
専門分野はコンピュータグラフィックスと物理シミュレーション。コンピュータを使った賢い設計支援やデジタル表現の支援を研究している。
研究室URL:
https://cgenglab.github.io/labpage/ja/


人はインタラクティブだからこそ、楽しく試行錯誤できる——。その信念の下、さまざまな設計システムの開発を続ける梅谷准教授。インタラクティブかつリアルタイムなシミュレーションを使った設計システムは、結果がすぐにフィードバックされるだけでなく、脆弱性リスクも検出できる。その研究成果は、3Dプリンターの脆弱性検知システム、服の型紙のリアルタイム設計システム、ユニークな形の楽器や紙飛行機を簡単に設計するシステムなど、個人でモノづくりを楽しみたい人の背中を押してくれるものばかり。近年急速に需要が高まる低燃費車の開発においても、空気抵抗によるロスを軽減するデザイン開発の支援で尽力している。梅谷准教授の熱量の源泉をインタビューした。
(監修:江崎浩、取材・構成:近代科学社 DF編集部)


誰でも気軽にモノづくりを楽しめるようにしたい

Q.先生の研究内容について簡単に教えてください
梅谷——「インタラクティブ設計」、かつ「リアルタイム処理」をキーワードに研究を行っています。インタラクティブかつリアルタイムに設計できると、求める形が結果となってすぐに分かる上、脆弱性リスクを事前に検出できるというメリットもあります。

Q.具体例にはどのようなものがありますか?
梅谷——たとえば、3Dプリンターで何かモノを作った場合、でき上がったものがすぐに壊れてしまうことがあります。我々の研究では、対象物の形に対してリアルタイムに弱い部分を計算して、色で示すことができます。それに対する改善もリアルタイムに行うことで、より丈夫で安全なものが3Dプリンターで出力できます。可能にしているのが「断面構造解析」と我々が読んでいる手法です。曲げモーメントを使い、対象物の形の壊れやすさを計算します。ただし、リアルタイムに結果が出るよう計算を工夫する開発を行いました。

Q.他にはどのようなシミュレーション設計があるのでしょう
梅谷——コンピュータで楽器を作るという研究も行っています。形状を入力すると、コンピュータが穴を開けたり、吹き出し口を作ったり、空洞を作ったりしてくれます。あとは人間が穴の位置などをデザインすることによって、ちゃんと楽器として機能するようなものを作る研究です。穴の位置を調整したり大きさを調整したりすることによって、音階も移動し、目標の音階にすることができます。さまざまな形の3Dプリントされた楽器が作れる技術です。

Q.個性的な形状でも楽器にできるのですね。3Dプリンターで作るときはどのくらいで完成しますか?
梅谷——5分ぐらいですね、簡単に作ることができます。結構正確な音階になっていて、ほとんど微調整が要らないくらいです。これもソフトウエアの裏でシミュレーションが動いていて、「境界要素法」という方法を使って音階をシミュレーションしています。リアルタイムに音階をシミュレーションする方法で形状をフィードバックできるようにすると、ちゃんと機能する楽器をユーザーが簡単に作ることができます。

インタビュー中に自作の笛を演奏していただいた
インタビュー中に自作の笛を演奏していただいた

3Dプリンターで制作したヒツジ型の笛
3Dプリンターで制作したヒツジ型の笛

Q.インタラクティブかつリアルタイムという設計思想が重要であることがわかります。研究を始めたキッカケは何でしょうか?
梅谷——誰もがモノづくりを楽しくできるようにしたい、という思いです。今は3Dプリンターとかレーザーカッターとか、個人でも使えるようなものは非常に役に立ちますよね。でも問題点として、やはり「設計が難しい」ということがあります。自分の服をデザインしたいという場合、誰もがファッションスケッチが描けて、それを型紙に起こすという作業ができるわけではありません。ですから、こういったモノづくりのソフトウエアを活用して、コンピュータが上手く支援することによって、個人でのモノづくりがもっと簡単になっていくといいなと考えています。

Q.個人でできるモノづくりの可能性を広げていきたい、と
梅谷——はい。さらに「楽しくできる」ということも重要だと考えています。ファッションデザインの設計システムの例で言うと、従来の我々が着ている服というのは、2次元の型紙を切りまして、布を縫い合わせることによって3次元的な服を作っています。型紙は2次元だけど、実際の服は3次元なので、非常に対応関係が分かりづらい。いろいろ切っては貼って、また貼ったものを見てまた切り直してみたいな、試行錯誤が必要でした。そういった作業をリアルタイムのシミュレーションを使うことによって、もっと簡単に楽しくできるようにしたのが開発したソフトウエア――Sensitive Coutureです。

Q.これほどレスポンスが速いというのは他に類を見ないのではないでしょうか
梅谷——かもしれません。実にいろいろな型紙を作ることができますよ。たとえば動物のアルマジロ。人間と違った複雑な形をしていますが、問題なくパターンを設計して服を着せることができます(図1)。従来のソフトウエアというのは、完全に設計とシミュレーションが分かれていました。設計を変えてもう一回シミュレーションして、シミュレーションの結果が出るまで待って、それをまた設計に反映してとやると、非常に時間が掛かる。で、時間が掛かると人ってやっぱり楽しくないんですよ。くりくり動いてほしいですよね。インタラクティブなフィードバックをユーザーに与えることで、もっとユーザーが試してみたくなる、楽しくなるから試行錯誤できる。それが狙いです。

図1:服デザインシミュレーション
図1 服デザインシミュレーション

Q.ポイントは速く動くということでしょうか?
梅谷——ただ単純にシミュレーションを高速化するということではできますが、どれだけ速いシミュレーションを使ったとしてもリアルタイムには動きません。どうしてもタイムラグが出てしまいます。そこで、感度解析を使ったアイデアを考案しました。シミュレーション上でマウスで型紙をいじっているとき、いじっている最中のマウスの座標は行ったり来たりしていると思います。ですので、座標が変わったら、その評価に掛かる時間関数を評価するのではなく、服の形がどういうふうに変形するのかという「感度」を解析するという方法です。

Q.「感度」についてもう少し詳しく教えてください
梅谷——マウスがどれだけ動いたら服がどれだけ変わるのか、といった微分の情報ですね。微分の情報を使うと、線形近似で「マウスの動きがこう変わったら、こう変わる」みたいな予測ができるんです。この近似というのはただ単純に線形の結合なので、非常に高速にコンピュータで評価できる。どれだけ大きくマウスを動かしたとしても、シミュレーション結果を反映させることができます。

壊れる箇所を即座に教えてくれる検知機能

Q.さきほど、壊れやすさも計算できる、と仰っていました
梅谷——服の形の変化と同じように、ユーザーが何か形状をデザインすると、コンピュータがそれを即座に判断して「ここは壊れるかもしれません」と教えてくれるような機能のことです。ただし計算は非常に難しい。大抵の工学的なシミュレーションの場合では、ユーザー自身が「ここに力が掛かっている」「重力の向きはこっち」といったふうに、境界条件を設定する必要があります。でも境界条件の設定はすごく難しくて、自明ではないんですよ。

Q.単純に壊れる、壊れないの判断ではないということですね
梅谷——そうです。そもそもどこに負荷が掛かるかというのは、よく分からないじゃないですか?あらゆる場面を想定して「壊れる可能性があるか」を判断するため、すごく難しい問題になります。既存の工学で使われているシミュレーション手法では、リアルタイムに構造脆弱性検出をすることは不可能です。そこで新しく開発したのが、先ほども言及した断面構造解析です。たぶん工学の授業で、片持ち梁の変形をやる人は多いと思うんですけど、それと全く同じ概念です。梁の曲げの解析も、曲げモーメントの保存というのを一番考えるんですよね。

Q.そこからどのように応力を計算するのでしょう?
梅谷——曲げモーメントが線形だというベルヌーイの定理という近似があるので、これを使うと、曲げモーメントから応力分布を計算することができます。応力分布が計算できると、最大応力が計算できて、壊れる・壊れないが分かってきます。断面の形状から位置関係さえ分かれば即座に計算できるので、非常に高速に計算できるというわけです。たとえば3Dプリントで穴が開いていたりメッシュなどの形状を設計しても、ちゃんと動くようなものができます。ソフトウエアは、オートデスク(AUTODESK)の「Meshmixer」という製品を使用しています。

Q. 応力分布がどのくらいになったら「壊れやすい」と判断されるのでしょうか?
梅谷——壊れる・壊れないというのは、何か力を掛けた時に壊れる閾値以上の最大応力がどこかで発生するかということですね。壊れやすいかどうかということは、そのような最大応力を発生する力がたくさん存在すれば壊れやすいと判断しています。つまり、どこに力を掛けても壊れるということを「壊れやすい」というふうに考えています。

紙飛行機の設計システム開発では、いち早く機械学習を取り入れた

Q.工学的なデザインの設計という面では、研究されていることはありますか?
梅谷——はい。工学的なところだと、飛行機や車のデザイン、タービン、風車などですね。総じて流体が絡んでくるようなデザインというのは、非常に直感的なところがあって難しい。たとえば飛行機をデザインしたいという場合は、シミュレーションにナビエ・ストークス方程式を使って、スーパーコンピュータで行うのが従来の方法でした。私たちはもっと簡単にシミュレーションする方法として、機械学習を使って飛行の軌跡を予測することにチャレンジしました。今は機械学習がメジャーになってきていますが、当時としては非常に革新的でした。

Q.機械学習をどのように使うのでしょう?
梅谷——人間からすれば、なんとなく飛ぶ形かどうか分かりますよね?それで、人間がなんとなく考える飛ぶ・飛ばないという感覚を、コンピュータに教えてやることはできないかと最初に思いついたんです。その中でモデルを立てて、そのモデルのパラメータを機械学習させていけばシミュレーターが作れるではないかと考えました。実際にいろいろな形をした飛行機をたくさん作って、さまざまなコンディションでたくさん飛ばし、飛行軌跡をトラッキングすることによってトレーニングデータを得ます。そのデータを元にして、新しい翼の形を作ったとき、どういうふうに飛ぶかということを予測させました(図2)。20通りのトレーニングデータでどんな形が来たときも足りるように工夫するとか、いろいろな工学的な技術を応用しています。

図2:飛行機のシステム
図2 飛行機のシステム

Q. その結果として思いも寄らなかった形状になる、なんて経験はありましたか?
梅谷——アルマジロの形をした飛行機があるのですが、あれはちょっと変わっていましたね(図3)。私がデザインして、コンピュータが自動的に尾翼の取り付け角などを最適化しました。形状自体は人間が入力しないと駄目なんですが、取り付け角などはコンピュータが圧倒的に優れています。

図3:アルマジロの飛行機デザイン
図3 アルマジロの飛行機デザイン

企業に求められるシミュレーション技術

自動車の設計は空気抵抗を極力減らしつつ、格好良さや使いやすさも重視しなければいけないジレンマがある。インタラクティブなシミュレーションの設計を目指す梅谷准教授から、その解決方法と目指すべきデザイナーとエンジニアの協働の形を伺った。

Q. 工学デザインといえば、実際の工業製品でも重要な課題になることがあります
梅谷——そうですね。たとえば現在の車は非常に優秀な燃費性能が求められていて、燃費の3割ぐらいのロスが空気抵抗から来ていると言われています。自動車メーカーはそのロスを無視できないので、見た目は格好良いけど空気抵抗が少ないデザインというのを一生懸命考えています。デザインとシミュレーションのバランスを探さなければいけませんが、これもすごく難しい。空気抵抗を完全に減らそうと思ったらカプセルのようなものに寝転がって乗ることになってしまうのですけど、格好悪いし使いづらいですよね。いかにバランスを取るかですが、シミュレーションに時間が掛かっていたらデザインの探索がしにくい。そこで、どうにかしてリアルタイムで空気の抵抗を予測したいと考え、エンジニアリング用の機械学習を使ったシミュレーションを作りました。

Q.機械学習によってそれが実現できたのですね
梅谷——はい。空気抵抗の値はCd値と呼ばれますが、形状を変えるとCD値が予測されて、表示されるようになっています。同時に表示されるグレーのバーがあるのですが、それはシミュレーションの不確かさを表しています。大体どのくらいの誤差があるのかということです。ユーザーがクリックすると、CD値と空気の流れ、あとはその分布というのを計算してくれます。

Q.誤差や不確かさも表示されるのですか
梅谷——機械学習は訓練データを元に学習するので、当然、実際のデータは訓練データにないものがやってくるわけです。ですから、誤差はあるべきなんです。エンジニアリング用途は非常にシリアスで人命に関わってくるので、やはり必ず誤差の予測が必要でしょう。単純にここだよと示すだけではなくて、どれくらい不確かさがあるのかということを教えてくれるのが理想的だと考えています。さらに機械学習の重みみたいなものを可視化すると、どの辺が流体設計で肝心なのかということを教えてくれます。赤く表示されるところが機械学習の予測で、モデルがCD値を予測するために一番見ている場所になります。青く表示されるところはあまり関係なくて、変わってもCD値に影響しない場所です(図4)。経験を積んだ自動車の流体設計エンジニアは車の形を見ただけでCD値が分かるらしいんですが、機械学習によるシミュレーションも同等のレベルに達することができるのではないでしょうか。

図4:自動車の空気力学の研究
図4 自動車の空気力学の研究

Q.この研究はすでに自動車会社で使われているのでしょうか?
梅谷——ある自動車会社で実際に車の設計に使われています。車の設計はウオーターフォールみたいな感じになっていて、デザイナーの人がざっくり作った初期設計を詳細設計に持っていくのですけど、空気設計でもいろいろな段階があって、各部がイジられるにつれデザインもどんどん変わってしまうんですね。最初の段階で結果を得るのが難しいという問題がある。でもこういったソフトウエアがあれば、詳細設計に入る前に大体の空力の特性が分かるので、格好良くて燃費も良い車はつくりやすくなると思っています。

Q.デザイナーの人が「こんなはずじゃなかったのに」と残念に思う事態を減らせるということですね
梅谷——そうなんです。設計が進むにつれいろいろな“し直し”が入って、思ったものと違うぞということがよくあるので(笑)。リアルタイムで性能予測ができれば、デザイナーとエンジニアの協働が実現し、デザイナーがもっと工学的でコアな設計ができるようになるはずです。自分の想像したものをカジュアルに作りたいというときにも、こういうリアルタイムで返してくれるソフトウエアだといろいろな試行錯誤ができて、オリジナルなものを簡単に作れるでしょう。

モノづくりが好きという気持ちが原動力に

企業とアカデミア、双方で働いた経験を持つ梅谷准教授。それぞれの違いや特徴、そこから見えてくる利点や、今の日本企業の弱点を聞いた。

Q. 先生がモノづくり支援に着目されたきっかけを教えてください
梅谷——元々がモノづくりが好きで工学部に行きました。東京大学のサークルで鳥人間コンテストに出たり、あとロボコンもやったり。ですが、たとえば飛行機がつくりたいといった場合に、飛行機を実際につくっている日本の企業はいくつかありますが、飛行機の全体設計に関われるのはその中の本当に限られたベテランエンジニアの1〜2人くらいです。そういう会社に就職しても飛行機の一部分の設計をするだけで、全体的なものはつくれないんですよね。それは私のやりたいこととは違うのではないかと思って。

Q. そこでコンピュータシミュレーションの研究へ?
梅谷——全体設計をするにはどうしたらいいか、全体のユニークなものを作るにはどうしたらいいかということを考えたときに、そういったことを簡単にできるソフトウエアを研究すればいいんだと考えました。そこで、コンピュータサイエンス、コンピュータグラフィックスの分野に移動したという経緯があります。私はディズニーやオートデスクなどで勤めた経験がありましたが、そこから学問の世界に戻ったのは、企業でも大きなプロジェクトの一部分しか設計に関われないため「全体を設計したい」という思いが根強かったからです。

Q.オートデスクで働かれていたとのことですが、そこでの経験から感じることはありますか
梅谷——オートデスクで働いていた頃は、エンジニアから会社に対し「こういうITが入ったソフトウエアを作ってほしい」という積極的な要望がありました。たとえばオートデスクが非常に力を入れている建物のデジタルツインでは、設計したときにデータをコンストラクションに活かしたり、ビルのメンテナンスや空調、いろいろな節電などに活かしていました。建築に実際に携わっている人からそういう要望がたくさん来て、一緒にやっていたので、そういう面は日本との違いと言えるかもしれません。

Q. 先生から見て、日本企業はどのような印象ですか?
梅谷——日本の企業はやはりデジタル的な側面が少し弱いかなと思いますね。作っているもの自体は素晴らしいんですけど、情報との結び付きはまだ弱いんじゃないかな。私は自動車会社のエンジニアと話すことも多いんですけど、エンジニアでプログラミングを使える人が少なかったり、統計の知識を持っている人が少なかったり、情報に関する知識・技術の問題があります。

Q. 一方で、アカデミアと企業でも違いを感じられることはありますか
梅谷——たくさんありました。企業で研究していたときは、自分で決められないことが結構ありましたね。「こういう研究をやってほしい」と、トップダウンでやって来ることが多かった。特に海外の企業は「うちはAIでやる」とトップが言ったら、もうみんなAIです。人事が動いてAI関係の役職をあてるので、当然研究もAI関係のものをやることが多くなります。ただ逆に、ボトムアップも結構あるんです。企業の研究所はいろいろなエンジニアの人が「こういう問題が解けない」と声を掛けてくるので、それを解決していきます。アカデミアの研究は自分でやりたいことを見つける、でも非常に分野が狭い中で、どんどん掘り下げてその知見を貯めてソースを伸ばしていく。対して、企業の研究所は結構幅広く浅くやっている人が多かった。エンジニアの持ってくる相談の中には、面白い研究テーマにつながるものもあるので、私としては歓迎していました。

生産者と消費者の垣根がなくなり、誰でもモノづくりが楽しめる世界に

誰もが使いやすい設計システムを作り、無料で使えるようオープン化したいと梅谷准教授は語る。氏が描く、情報技術の未来図とは。

Q. 先生が考える情報分野の今後について、何かビジョンはありますか?
梅谷——私は情報技術を使って設計したりモノづくりをやっている身ですので、もっと設計が簡単になり、一般の人でも垣根なくモノを作れるようになっていくだろうと考えています。今までは生産者と消費者が分かれていましたが、SNSみたいな感じでどんどん垣根が無くなって、消費者であり生産者でもある、そんな未来になるのではないかと考えています。今でもYouTubeなどで、いろいろなものを作ってみたという動画を投稿している人はたくさんいますよね。そういう感じで、誰もが気軽にモノをたくさん作れるようになったらいいなと思います。

Q.誰もがモノづくりを行うという未来には、機械学習やAIが関係するのでしょうか
梅谷——非常に影響を与えていくと思います。今はモノを作るといったら、人間がCADを使って形状を入力していきますが、そういう作業はどんどん自動化されるはずです。自動化されるに当たって、3次元形状の機械学習が進んでいくと思いますが、そうするとだんだんコンピュータが「人工物はどういう形にすべきなのか」みたいなことを学んでいくでしょう。まだ訓練データが足りない状態ですし、3次元の機械学習は技術的にも足りない状態ですが、データが貯まって技術も成熟すれば、AIが半自動でモノを作るような未来が来るかもしれない。日本はまだCADなどのプラットフォームを持っているわけではないし、グラフィック系も弱かったりするので、データをいかに蓄積していくかという点が課題ですね。

Q. 先生はそういったノウハウも含めて、誰もが気軽に利用できる環境を作っていきたいと
梅谷——そうです。たとえばGitHubというサービスがあるのですが、いろいろな人がコードをGitHubに上げています。後ろにはMicrosoftがいて、集められたコードを解析して機械学習することによって、GitHub Copilotというサービスができました。おかげで半自動でコードが書けるようになっています。同じようなことがモノづくりの現場でも起こるようになるのではないかと考えています。すごく使いやすい設計システムがあって、誰もがそれを無料で使える。そして陰にいる大企業がデータを機械学習して、全部自動化しちゃうみたいな。最終的にはそうなっていくんじゃないかな。

Q. 人が関わるところが少なくなる分、より開かれたものになるのですね。インタラクティブであるということも重視されますか
梅谷——そうですね。やはりインタラクティブじゃないと試行錯誤ができないですよね。やってみてすぐにフィードバックが来ないと、良いのか悪いのかよく分かりません。インタラクティブにすることによって、もっと試行錯誤ができると楽しいと思うんです。人間が楽しいと思うゲームは、大体がインタラクティブですよね。インタラクティブなツールを作るために、機械学習は1つのキーだと考えています。

たくさん読んで、たくさんコードを書くのが一番の近道

ゲームやアニメに興味がある学生が多く集まる梅谷准教授の研究室。日本の未来を担うエキスパートを育てるためのサポート方法とは。

Q. 先生の研究室は外国の方も多いそうですが、そんな環境ならではのメリットはありますか?
梅谷——外国の人が多いのは、やはり日本のゲームとかアニメとか、コンテンツが好きだという人が多いからですね。自分でゲームやアニメを作りたいという人がたくさんいて、そこからシミュレーション技術を学んでいます。研究室の中では全体向けのコミュニケーションは英語でやっていて、修論や発表も全部英語でしてもらっています。一度就職した後で、やっぱりグローバルに仕事がしたいという人が社会人入学しても、すごく良い環境だと思います。

図5:梅谷研究室の内部
図5 梅谷研究室の内部

Q.ゲームや映像以外の分野へのアプローチはどうでしょうか
梅谷——エンジニア系にいく学生も多いですよ。ゲームだとサイバー空間やゲーム空間のところしかやりませんが、研究室では実物をどう見るかという点も重視しています。たとえばUnityが自動運転の訓練データを作るのに活かされるなど、だんだん垣根がなくなってきています。企業のエンジニアにも、仮想空間などの知識はどんどん必要になってくるでしょうし。

Q. では、先生はどのような研究室運営を目指されていますか
梅谷——自分の好きなテーマについて責任を持ってやるというのが一番大切だと思っています。私が興味を持ったからこれ、というようにアサインしたり、研究室で長年持っているプロジェクトにアサインしたりするのではなくて。一人一人が研究テーマを持って、自分で責任を持って解決するということを学生には指導しています。

Q. 学生をエキスパートに育てるための、先生のポリシーがあれば聞かせてください
梅谷——やはり論文をたくさん読んで、その中から発想してもらうようにしていますね。研究室に来た学生にはたくさん論文を渡して「これを読んできて」と言って、説明させています。あとはたくさんコードを書かせる。コードで試行錯誤をするというのが、一番の近道だと思います。

Q. プログラミングは何を学ぶのが良いのでしょう?
梅谷——ほぼ20年にわたって、私はC++で開発をし続けました。でもあまりにも難しいので、最近Rustという言語に変えましたけど。今だとスクリプト言語1つと、コンパイラ言語1つをやれば十分だと思います。PythonとC++とか、PythonとJavaとか、そういう感じで増やせればいいかな。プログラミングを勉強しようと思ったら、チュートリアルを読んでなぞるよりも、ソフトウエアやプログラムを作ってみるなど、プロジェクトをやってみるのが一番いいですね。試行錯誤しながら、何で動かないのかを考えることが一番勉強になります。

Q. 先生の研究室に入る上で必要となるスキルはありますか
梅谷——やはりコンピュータサイエンスの基礎知識と、ベーシックなプログラミングの技術ですね。最近はいろいろなツールが整備されていて、Pythonなどさまざまなモジュールがあります。それらをどうやって組み合わせるとモノが作れるのかという、ビジョンを持つことが一番大切です。そのためにはたくさんの論文を読まなければいけないので、英語の論文を読める技術は大前提として必要です。

Q. 先生の研究室を希望する学生さんにアドバイスはありますか
梅谷——工学と情報系、両方に興味がある学生さんは、私の研究室はそういうことをやっているユニークな研究室なので、ぜひ志望してほしいと思います。あとグラフィックスの研究室もなかなか日本にはないので、基礎技術に興味がある学生さんにも入ってきてほしいですね。
(取材日:2022年9月22日)

キーワード

1 曲げモーメント:物体の断面に生じる応力のモーメント。部材に曲げを生じさせる偶力。

2 境界条件:解析モデルに与える荷重や支持などの条件。

3 片持ち梁:通常の梁はその両端で支えられているのに対し,その一端が固定され他端が持ち出されて自由な状態にある梁のこと。

4 ベルヌーイの定理:理想流体の定常流れにおいて、流線上でエネルギーが保存されることを示した定理。

5 AUTODESK:3D技術を使ったデザイン・設計、エンジニアリング、エンターテインメント向けソフトウエアのリーディング企業。
詳細はこちら:https://www.autodesk.co.jp/

6 ナビエ・ストークス方程式:流体の運動を記述する2階非線型偏微分方程式で、流体力学で用いられる。

7 建物のデジタルツイン:建物の設計から竣工後の維持管理・運営までの各情報を全てデジタル化し、それらを仮想空間上にリアルタイムに再現すること。

8 GitHub:ユーザからヒントを得て作成された開発プラットフォーム。GitHub上にソースコードをホスティングすることで、数百万人もの他の開発者と一緒にソフトウエアの開発を行うことができる。
詳細はこちら:https://github.co.jp/

9 Unity:ユニティ・テクノロジーズが作ったゲーム開発プラットフォーム。一部は無料で配布されており、個人でも簡単にゲーム制作ができるようになった。
詳細はこちら:https://unity.com/ja

10 Rust:ソフトウエアを作るための言語の一つ。高速でメモリ効率が高いためパフォーマンス重視のサービスを実装でき、他の言語との調和も容易。
詳細はこちら:https://www.rust-lang.org/ja

ISTyくん