成功をイメージできるリーダーになれ

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profile

加藤 真平(かとう しんぺい)

東京大学 大学院情報理工学系研究科 コンピュータ科学専攻 准教授


略歴
1982年、神奈川県出身。慶応義塾大学大学院理工学研究科修了、博士(工学)
東京大学 大学院情報理工学系研究科 准教授
名古屋大学未来社会創造機構客員准教授
株式会社ティアフォー 創業者兼最高技術責任者
The Autoware Foundation 代表理事
ホームページ:
https://www.pf.is.s.u-tokyo.ac.jp/
関連ページ:https://shinpeikato.com


自動運転社会の実現には、それを陰で支えるいくつもの技術が必要となる。「Autoware」と呼ばれるOSはその有力な一つだが、開発者の加藤真平准教授は「自動運転は研究とはとらえていない」と語る。加藤准教授の研究理念を紐解く上で欠かせないのが、ビジネスと社会貢献、そして人材育成だ。東大准教授とベンチャー創業者という二つの顔を持ち、世の中を変えるリーダー人材を生み出すべく日々学生と向き合う“加藤流”の研究観や指導法などについて語っていただいた。
(監修:江崎浩、取材・構成:近代科学社編集チーム)


研究が研究で終わるのは意味がない

Q.先生の研究について簡単に教えていただけますか?
加藤——私のそもそものバックグラウンドはコンピュータサイエンス、特にOS(オペレーティングシステム)やコンピュータアーキテクチャです。これらは、どのような情報システムを作るのにも必要であり、今も興味をもって研究に取り組んでいます(図1)。ただし、研究が研究で終わるのは意味がないと思っています。いま取り組んでいる研究が、短・中・長期的に社会でどう使われるかということを常に意識しています。つまり、研究そのものと、研究が社会でどう使われるか、その両方に取り組んでいるのが私の研究室の特徴です。

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図1 加藤研で開発研究が進むOS

Q.研究そのものと、それがどう使われるかの両輪をイメージして研究されていると?
加藤——はい。その分“尖った基礎研究”ができないという面もありますが、そういった研究は東大のほかの研究室の先生方がされていますので、自分としては“使われる研究”に注力したいと思っています。

Q.研究の中で特に注力されていることは何ですか?
加藤——私たちが目指していることを分かりやすくいうと、現在は100ミリ秒かかってしまうシステム処理を1ミリ秒でできるようにすること、です。これはリアルワールドでのリアルタイム処理に求められる重要な要素です。スパコン(スーパーコンピュータ)の世界では、1年かかる処理を1か月でできるようにする研究はされていると思いますが、これは1ミリ秒を争う処理ではありません。身近な「1ミリ秒の処理」とは、たとえばロボットとか自動運転とか、ドローンなどの制御が挙げられます。もっというと、金融みたいに、常に世界と同時に動いているシステムなども関わりがあります。そういうシステムに個人的には興味があるんです。

自動運転はビジネスや社会貢献として興味がある

Q.先生は自動運転開発向けのOS「Autoware」を開発されていますが、自動運転技術に関しては、どのような研究をされているのですか?
加藤——私は自動運転を研究とはとらえていません。あくまでも、OSとかコンピュータアーキテクチャが私の研究の中心であり、低消費電力で高性能かつリアルタイムに動くシステムをいかに創るかに主眼を置いています。その応用として一番社会的にインパクトがあるのが自動運転というわけです。自動車は使える電力が限られており、安全性を保証するものでなければなりなりません。自動運転には、そうした応用研究の要素が多分に含まれているのです(図2)。

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図2 自動運転の実証実験風景
(YouTube
https://youtu.be/Mp_RcK9q7xE
https://youtu.be/GjxEvmbtDPA
より引用)

Q.自動運転技術そのものに興味があるわけではないと?
加藤——なぜ自動運転に取り組んでいるかと問われれば、やはりビジネスとしてこれから一番大きくなるかもしれない領域だからでしょう。それは社会貢献につながることをも意味します。自動運転そのものは間違いなくイノベーションですが、それは社会システムまで含められればの話です。私は、「イノベーション=テクノロジー×社会」だと思っています。社会と接点のないテクノロジーは社会貢献になっていないと思いますし、何のためにやっているのだろうと感じてしまいます。

Q.社会貢献がなければイノベーションとはいえないと?
加藤——そう思います。それが基礎研究であろうとも将来の社会貢献がなければイノベーションにはつながりません。「テクノロジー×社会」という意味でいうと、自動運転はすごく面白い側面をいくつももっています。どういうことかというと、人間と機械が関わることで、保険や法規制や倫理に関することが新たな問題として生じます。自動運転というイノベーションを実現するには、そうしたものを全部乗り越えなければならないのです。

Q.自動運転に注目が集まるなか、自動車業界はいまどのような状況にありますか?
加藤——一言でいうと、自動車業界に情報系を中心としたテクノロジーが一気に入ってきている状態といえます。テクノロジー自体は、ロボットとかAIの分野で使われてきた技術の応用であり、そこに研究の新規性はあまりないと思っています。しかし、車と情報を掛け合わせることは、ビジネスの世界では今まで誰もやってきませんでした。その意味で、自動車は「モビリティ」という上位概念のとても大きなマーケットになっていくのです。そこに私たちが入っていくことでビジネスが広がり、引いては社会貢献にもつながると思っています。

Q.自動車業界ではGoogleが大きな存在感を示していますね?
加藤——日本でGAFAのようなビッグプレーヤーを生み出そうとする場合、自動運転とかゲノムとか、根本から何かを変える分野でないと難しいでしょう。GAFAに勝つには、広大なマーケットシェアを勝ち取らなければなりません。ただし、自動車業界でGoogleの技術が先行しているとしても、最終的に私たちがシェアを取れればいいのです。自動車業界という母体のある日本から自動運転のテクノロジーを生み出し、掛け合わせることができれば、GAFAにも十分勝てる可能性はあるだろう、という感触をもっています。

ベンチャー企業はリーダー人材を育てる場

東大准教授とベンチャー創業者という二つの顔を持つ加藤准教授だが、ベンチャーを立ち上げるきっかけは何だったのか。ベンチャーの魅力とは?

Q.先生はティアフォー(図3)というベンチャー企業を立ち上げられていますが、どのようなことを目指されているのですか?
加藤——まず、研究をしていくうえで,どういう人材を生み出さなければならないか、ということをずっと考えてきました。特にリーダー人材をどう生み出すかという点に興味があったのですが、それは本当に難しいことなんです。

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図3 ティアフォーでの研究開発風景
(YouTubehttps://www.youtube.com/watch?v=Dhsm_zq8zMw&feature=youtu.beより引用)

Q.ベンチャーを立ち上げられたのは、リーダー人材を育てたかったから?
加藤——そうですね。産業界はリーダー不在という課題をもっており、そういう人材を求めていると思ったんです。

Q.具体的に、どのような指導をされているのですか?
加藤——たとえば、私が学生に出資してベンチャーの社長をやってもらったり、私が国のプロジェクトの仕事でいろいろなところに行くときに学生に同席してもらい、その“仕事ぶり”を見てもらう、といったことをしています。それは、イノベーションを起こしてきた企業の社長の言葉や考え方にじかに触れられる機会でもあります。そのような企業の社長や私のような東大准教授を兼務しながらベンチャーを創業したリーダー人材を目の当たりにした学生は、少なからず将来のことを思うはずです。その結果、研究者になるという道もあれば、起業するという道もあります。もちろん就職するという道もあります。とにかく将来の選択肢は確実に広がるはずです。それもリーダーシップの育成にとっては大事な指導だと思っています。

Q.そうした指導は、東大の准教授というお立場だけでは難しいのでしょうか?
加藤——両方の立場がないと難しいでしょう。人材育成のことを考えると、私は東大でベンチャーの社長をやっていくべきだと思っています。私の研究室では多くの学生が起業しており、その数は現時点で10社以上になりますが、彼らは自分の研究の成果をベンチャー事業化しています。学生に起業したいかを問うと、起業したいと答える学生は相当数いることは間違いありません。その際には、私が出資するとともにアドバイザーとして関わり、場合によっては利益相反等の問題をクリアしながら東大と共同研究するということもありえます。

大学と企業は「死の谷」の状況にある


Q.ベンチャー企業の社長というお立場から、大学の研究についてどうお考えですか?
加藤——率直にいうと、企業が大学に求めているのは人材で、研究成果にはそれほど期待していないと思います。なぜかというと、今の時代、特に情報分野はデータがないと研究開発ができないようになっているからです。しかし、大学は研究データをそんなに多くは持っていません。また、企業はすぐに使える成果を求めていますが、大学の研究は論文を書くのが主たる目的です。そのため、難しい関係性にあるというのが正直なところです。つまり、大学の研究成果が5年後どうなるかに着目している企業でない限り、大学の研究には目を向けないと思います。期待しているのは、とにかく人材です。AI人材とか、ロボット人材とかは、いくらいても企業としてはうれしいはずです。

Q.逆に、大学の研究者のお立場から、大学や大学の研究をどう見られていますか?
加藤——私は大学の持つ資源や可能性はすごいと思っています。そこは、一般の企業には理解されていないところです。大学の研究成果の生かし方がよくわからないのだと思います。企業が大学と共同研究をするにしても、それはその研究を自前でするための人材を取ってこれるから、と考えている節があります。

Q.この状況を変えるには、リーダーシップの取れる人材を育てる必要があると?
加藤——そうです。本来あるべき人材の姿とは、基礎研究は大学できちんと行い、企業に入ってからそれを発展させるということだと思いますが、それは必ずしもできていません。その原因は大学と企業、両方にあると思います。大学は大した研究成果が出せていませんし、企業は大学の研究成果をうまく生かすすべを知りません。まさに「死の谷」という状況です。私がベンチャーをやりたかった理由の一つはこの点にあります。

Q.この状況は、最近の顕著な現象なのでしょうか?
加藤——「死の谷」は昔からいわれていることですが、情報系のサイクルは非常に速いので、企業はすぐに使えるもの、極端にいうと“明日使えるもの”を大学に求めます。しかし、それは難しいため、大学に求めるのは成果ではなく人材ということになってしまいます。大学で明日すぐに使えるものは、人材以外にないという考えがあるのでしょう。

Q.企業が求めるのも、リーダー人材なのですね?
加藤——はい。ただし、きちんとしたリーダーに必要なのは、リーダーシップだけでなく根本となる基礎知識と応用力です。こうした人材を育成できるのは、「大学発ベンチャー」以外にないと思っています。これは大手企業の側ではなく大学側が頑張るしかないのです。そのためには、大学側が研究成果を何とかして産業界、つまりその研究を社会実装できる大手企業に届けなければなりません。大学と大手企業の間ではそれができなかったので、私はその架け橋となるベンチャーを立ち上げた、というわけです。

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研究資金の確保にベンチャーは最良の方法

Q.大学が大手企業と共同研究をするためにベンチャーの果たす役割は何ですか?
加藤——まず、研究には基礎研究と応用研究があるわけですが、大学で使えるお金は、GAFAなどから比べれば小粒であり、そのような資金で応用研究をしてもあまり意味がありません。つまり、大学という環境で応用研究をするには、大手企業と組んで10億、100億、1000億みたいな世界でやらないとだめ、ということになります。しかしながら、このような大規模投資は死の谷を克服できていない日本では難しいため、ベンチャーが架け橋となってあげないといけません。筋の良い研究成果を活用してベンチャーで資金調達を行えば、その資金をその研究成果の事業化に充てることも可能になってきます。これは最近、ディープテックと呼ばれるようになってきています。

Q.それは、研究者が研究資金を引っ張ってくるということでもありますね?
加藤——私は研究資金を確保する最も良い方法は、今日現在だとベンチャーによる事業化を手掛けることだと思っています。多くの大学研究者が申請する科研費は、裾野の広い大学研究を維持していくためには有効な手段ですが、あくまで個々の研究者のための予算ですので、大きな組織を動かすには至りません。私は、大きな組織による研究を成功させるためには、研究内容だけでなく研究体制、特に持続的な研究資金が確保されている状況をいかに作るか、という点を重視しています。お金がないと研究ができないのは確かですからね。

Q.企業は基礎研究のためにお金を出さなくなっているのですね?
加藤——企業も国も、基礎研究にはお金を出さなくなっています。特に、国が応用研究にお金を出せば出すほど、企業はより基礎研究にお金を出さなくなる、という悪循環になっています。ですから、少なくとも国はもっと基礎研究にお金を出すべきだろう、と感じています。

加藤研には「動くものを作りたい」学生が集まる

尖った基礎研究は東大のほかの先生や研究室にまかせる、と語る加藤准教授。加藤研では、どのような研究が行われているのか。東大ならではの環境とは?

Q.これまでベンチャー企業をやってこられて、手ごたえはどうですか?
加藤——良いことづくめ、といいたいところですが、ベンチャーにもダウンサイドがあります。それは、最初にもお話しした尖った基礎研究がしにくいことです。ベンチャー企業は3年程度で成果を出さなければなりません。大企業が相手だと、もっと近い未来の成果を求められます。そうなると、いま注目されている研究テーマしかできないのが実情です。たとえば、加藤研で「量子コンピュータ」や「ディープラーニングの次の技術」のような、いわゆる大学だからこそ取り組める研究テーマを推進するのは難しいと考えます。

Q.加藤研には、どのような目的を持った学生が集まるのですか?
加藤——とにかく「動くものを作りたい」という学生が多いのが特徴です(図4)。3年後といわず、今日この瞬間にものを動かしたいという学生がたくさんいます。自分で作ったものが動くことに幸せを感じているのでしょう。そういう学生は、加藤研での研究生活を楽しめるでしょう。逆に理論を突き詰めたいという学生はほとんどいなくて、数学の世界とかシミュレーションの世界で終わっている研究もありません。「コードを書いて、モノが動いてなんぼ」の世界ですね。それが加藤研の卒業研究や修士研究のスタイルにもなっています。

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図4 加藤研に在籍している方々

Q.尖った基礎研究をしている学生や先生方との交流はありますか?
加藤——はい。それは東大という環境が、超一流の研究者たちと出会える場だからです。たとえば、AIの研究者たちと交流ができることはとても楽しいことです。先ほどお話ししたとおり、加藤研では「動くもの」を研究テーマとすることが多いので、今日この瞬間にまともに動かないAIを研究テーマにすることはできません。しかし、隣の研究室には10年後くらいにようやくまともに動きそうなAIの研究をしている人たちがたくさんいて、修士や博士の研究論文を一緒に精査していますから、この環境は東大ならではだな、と感じています。

学生は未来のプラットフォームを見据えて研究


Q.卒業生の研究成果で面白いと思われたものをご紹介いただけますか?
加藤——私が面白いと思ったのは、CPUのコアの数が1000くらいになったらどうなるかを調べた研究です(図5)。それは近い将来、起こりうる世界なのです。そのような環境では、OSが複数あるほうが都合がよくなります。

Q.通常、OSはシステムに一つしかないのですよね?
加藤——はい。しかし、CPUのコアが1000個もあると、ある場所でのコアの影響が遠い場所にあるコアにも現れてきてしまいます。そうした影響を出さないために、OSも完全に分けてしまおうというわけです。4~8個程度のコアではOSを分ける意味はありませんが、コアが1000個程度になってくると意味を成すようになります。特に、1ミリ秒を争うシステムでは、このようなOSが必要になってくると考えられます。

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図5 1000個ものCPUコアを制御するためのOS(卒業研究)

Q.加藤先生の研究室に入ると、このような研究ができるわけですね?
加藤——私の研究室には、このような研究を行うための最新のプラットフォーム環境があります。いま、まさに目の前で動かしているものを、自動運転車やロボット、未来のエッジやクラウド基盤などで使われるであろう未来のプラットフォームにいかに組み込むか、多くの学生が研究に励んでいます。

理想のリーダーは成功をイメージして解決策を提案できる人

加藤研の門をたたく学生の多くがベンチャー起業や海外挑戦をする。彼らをどのように独り立ちさせていくのか。加藤流の指導法に迫る。

Q.学生を指導する際のポリシーについて教えていただけますか?
加藤——私から、あれをやりなさい、これをやりなさい、ということはあまりいいません。ただし、尋ねられたら必ず答えるようにしています。

Q.自主性を重んじているということですか?
加藤——育てたい人材像がリーダー人材ですので、あれこれいってそれがきっちり出来る人になったとしても、それは自分の育てたい人材像ではありません。もちろん、それではうまくいかないときもあります。いわないと何も出てこない場合や、気づいたら何もやっていないという場合もあります。

Q.理想のリーダー像について教えていただけますか?
加藤——僕の中のリーダー像とは、純粋に解決策を提案できる人です。単に批判や課題を指摘するだけでなく「こうしましょう」といって来てくれる人ですね。学生がもしも行き詰まったら、「どうすればいいですか?」と聞きに来てほしいのです。それも一つの解決策だと思います。しかも、私から声をかけるのではなく、学生のほうから聞きに来てほしいのですが、実際はもくもくと自分で作業をする学生のほうが多いかもしれません。もちろん、自分で考えを見つけ出すのもよいのですが、それは解決できればの話です。

Q.どうすれば解決できるかを、学生さんに考えてもらいたいと?
加藤——はい。ただし、気を付けないと路頭に迷ってしまう場合もあるので難しいところです。

ベンチャーでは研究しながら社会経験が積める


Q,先ほど、企業などとのミーティングに学生を連れていくというお話がありましたが、より具体的に教えていただけますか?
加藤——二つやっていることがあります。一つは国のプロジェクトに関わってもらうことです。「国プロ」というのは、まさに私自身が課題解決をしなければならない場であり、どうやって私が課題解決をしているのかを見せられる場でもあります。もう一つは、研究がどのようにベンチャー事業化されるのかを体験する機会を提供することです。私の研究室にはティアフォーのほかに、OBの学生が作ったベンチャー企業があります。そこにアルバイトやインターンとして参加すると将来の見通しが立ちやすくなります。みな、自分が研究した内容を使ってベンチャー経営をしていますので、研究の使われ方や課題解決の仕方を学ぶことができますし、経験を積むことができます。

Q.それがリーダーシップを獲得するチャンスになるわけですね?
加藤——そうですね。ただし、私とは関係のない企業等にインターンに行かれると私の目が届かなくなってしまいますから、基本的には私のベンチャーか先輩のベンチャーでアルバイトやインターンをすることを推奨しています。

Q.学生の反応や実績について教えていただけますか?
加藤——何人かは、すごいベンチャー企業に発展させています(図6)。私が学生の時分だったらできないだろうな、というレベルのすごさですね。学生の中には、アルバイトとして参加していた先輩のベンチャーに就職した人もいます。彼らは、一般企業への就活も行い、いろいろなところを見た結果として、先輩のベンチャーやティアフォーを選んでいるのです。

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図6 加藤研発ベンチャーの研究紹介動画
(YouTubehttps://www.youtube.com/watch?v=hEqk0ywRQdI&feature=youtu.beより引用)

Q.ベンチャーを選ぶ決め手になっていることは何だと思われますか?
加藤——それは、これまでやってきた研究や研究スキルを生かせるからだと思います。自分の研究スキルが生かせる職場というのは、実はそれほど多くはありません。そういう道筋を提供できていること自体が私の研究室の強みだと思っています。研究しながら働き、働くときにそれを生かせるというのは素晴らしいことではないでしょうか。

Q.自分の研究のビジネス化についてトレーニングと実践を繰り返し、卒業する段階ではプロになっていると?
加藤——そうなるのが理想ですね。要は、学生のうちから基礎と応用の相乗効果で研究が進められるということだと思います。ただし、自分の研究とは無関係のベンチャーにインターンに行ってしまうと、気づいたら自分の研究が生かせなくなっている、ということも起こり得ます。学びながら社会経験を積んでも、自分の研究ができていなければもったいない。研究しながら社会経験が積めるという、その両方の場を提供してあげたいのです。

加藤研の卒業生の主な就職先
・ティアフォー
・マップフォー(先輩のベンチャー)
・シナスタジア(起業)
・Preferred Networks
・Google など

イメージができないから成功にたどり着けない


Q.これからの学生には、どのようなことを達成してほしいとお考えですか?
加藤——自分で課題解決ができる人になってほしい。その一言に尽きますが、私がこだわっているのは「成功をイメージできないといけない」ということです。イメージができれば、成功にたどり着ける可能性は飛躍的に高まります。ただし、イメージを持てるようになるにはいろいろな経験を積まなければなりません。

Q.つまり、イメージを作れるというのがリーダーシップのポイントになると?
加藤——私はそう思っています。リーダーシップをきちんと紐解いていくと、「課題解決」や「論理的思考」などにつながっていきます。「リーダーシップ」「課題解決」「成功のイメージ」「論理的思考」はすべて、同じことを別の言葉でいっているだけなのです。極論をいうと、論理的思考を身に付ければイメージをすることができ、課題解決につながるということです。「論理的思考」というと難しく聞こえるので、私は「イメージを持つこと」と言っています。

Q.論理的思考さえ持てればよい、ということですか?
加藤——実は、論理的思考にもいろいろな種類があります。いうなれば、今まで勉強したことがないもの、未知のものに対する「挑戦的な論理的思考」といえるかもしれません。

Q.その論理的思考を獲得するにはどうしたらよいのでしょうか?
加藤——先ほどお話しした「国プロ」に同席するとか、ともかく未知のものに対していろいろなことを経験するしかないと思います。「成功をイメージせよ」といいましたが、自分の成功に関係しそうなものには何でも首を突っ込むのがいいと思います。ただし、限られた時間をうまく使うことが大事でしょう。

ゲノム分野の研究者はチャンス?

加藤准教授が情報系以外の領域で注目するのがゲノム分野である。どこにその魅力があるのか。ご自身の研究と対照させながら語っていただいた。

Q.情報系以外で注目されている分野はありますか?
加藤——ゲノム分野は非常に大きなマーケットがありそうで魅力を感じます。というのも、ヒトの細胞を扱うため厳しい規制があるはずですが、そのためにビジネス展開が難しそうだからです。ヘルスケアの領域も同じでしょう。私は、テクノロジーだけでなく、規制とか社会にまつわるものと苦戦している分野に興味があります。純粋に「テクノロジー×社会」の話でいうと、そうした分野の研究者は、私と同じく社会の規制と闘っているのではないでしょうか。

Q.ビッグビジネスになりそうだが規制が邪魔している分野に興味があると?
加藤——はい。その点でいうと、大学教員の強みは、有識者として規制を提案することができたり、逆に規制の緩和案を出せたりすることです。有識者の会議は、多くの場合、大学の教授らが座長を務めていますからね。

Q.自動運転技術にも法規制との闘いがあるわけですね?
加藤——はい。でも、楽しい部分もあります。道路交通法(図版参照)の文言には、運転者は他人に危害を及ぼさないように運転せよ、とは書かれていますが、「運転席にいなければならない」とは書かれていません。当り前すぎるからです。ということは、運転席は車内になくてもよいのでは?と提案できるかもしれません。全く違う場所に運転席があり、そこに人がいて車検が通っていれば、道交法の基準を満たせるという解釈が成り立つかもしれないわけです。

道路交通法第70条 安全運転の義務
車両等の運転者は、当該車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、かつ、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない。

Q.そこに、先生が目指されている100ミリ秒の世界を1ミリ秒の世界にするテクノロジーが関わってくるわけですね?
加藤——そうです。通信の遅延などによって人に危害が加わらないようにするテクノロジーが必要不可欠となります。

Q.ゲノム分野に関しても、何か常識のルールを変えるべきという提案をされたいと?
加藤——ゲノムに関わっている研究者の方々はチャンスなのではないかと思います。規制というのは提案すると意外と変えられる、あるいは緩和できるものだと思うのです。ぜひ、規制と闘っている研究者の方と話してみたいと思っています。

Q.具体的に注目されているゲノム技術はありますか?
加藤——ゲノム編集で注目されている「クリスパー・キャスナイン」ですね。この技術はアメリカに特許をとられているため、どうやってその状況を乗り越えてビジネス展開するのかに興味があります。

Q.ゲノム分野で注目されている研究者はいますか?
加藤——ゲノム編集の研究者ではないのですが、理学部/理学系研究科化学専攻の合田圭介教授です。「細胞検索」というスクリーニング手法を提唱された先生です。この研究のコンセプトである「セレンディピティ」という発想はとても面白いと思っています。それは「偶然出会える」という意味ですが、創薬分野や分子生物学の分野での発見は網羅的な探索によって偶然になされることが多いのです。そこで、コンピュータの力を使うことで、目的の細胞を計画的に見つけようというわけです。つまり、理学と工学の力がバランスよく使われており、この研究はビジネス上の成功はもちろん、今まで見つけられなかったものの発見につながると期待しています。

Q.いま、実験や実験科学がコンピュータの力で大きく変わろうとしているようですね?
加藤——AIの世界でも、機械学習を使ってスクリーニングをやろうとしています。細胞検索の研究も、既存の表現を使うのであればスクリーニングになるのだと思いますが、合田先生の表現は秀逸だと感じます。スクリーニングという技術用語を使うのではなく、「セレンディピティによる計画的創出」や「細胞検索」という新しい世界観を見出せる言葉を使うことで、基礎研究を進めながらも、ヒト・カネ・モノのサイクルを生み出そうとしているのではないでしょうか。

Q.そういうプロデュース力というのも、今の研究者には必要なのでしょうか?
加藤——大きな組織による研究をするのであれば絶対に必要だと思います。逆に、個人による研究のほうでは必要ないでしょう。1つの研究テーマに没頭できる研究者は、とことんその道を追究していくべきだと思います。
(取材日:2020年3月16日)

キーワード

1 Autoware(オートウェア):加藤准教授が開発した自動運転開発向けのオープンソースOS(オペレーティングシステム)。国内外で行われているさまざまな自動運転の実証実験で採用されている。その標準化を目指す国際業界団体 Autoware Foundationが2018年に設立された。


2 GAFA(ガーファ):Google(グーグル), Amazon(アマゾン), Facebook(フェイスブック), Apple(アップル)の頭文字をとって作られた造語。世界を代表する四大企業のいわば尊称である。これにMicrosoft(マイクロソフト)を加えたGAFAM(ガーファム)という言葉もある。

3 死の谷:資金等の問題により、研究開発が次の段階に進まない状態、あるいはその状態を作り出している原因を表す言葉。「魔の川」「ダーウィンの海」などの同義語もあり、基礎研究から応用研究に至る過程や、研究から事業化に至る過程など、フェーズごとに使い分けられることもある。

4 科研費(かけんひ):国内の研究者に研究資金を支給する制度およびその資金のこと。正式名称は科学研究費補助金。研究内容が審査され、年度ごとに支給の可否が決まる。年度をまたいで支給される学術研究助成基金助成金もある。母体は文部科学省と日本学術振興会。

5 クリスパー・キャスナイン(CRISPR-Cas9):「ゲノム編集」と呼ばれる遺伝子改変操作で使われる技術の一つ。DNA二本鎖の任意の場所を切断し、別の遺伝子を挿入したり、入れ換えたりが容易にできる。難病治療や食品開発などに期待が集まる一方、さまざまな倫理的問題も指摘されている。開発者に2020年度のノーベル化学賞が授与された。

6 細胞検索:合田圭介教授が提唱した、膨大な数の細胞集団から目的の細胞を自動で取り出すことができる検索技術。従来の細胞探索は人の手で顕微鏡を用いることで行われてきたが、目的細胞の発見には膨大な手間と時間はもちろん、偶然や幸運(セレンディピティ)が必要とされていた。

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