日本に降りかかる問題を乗り越えるため、「日本のロボット社会」構築を目指す

深尾隆則教授

profile

深尾 隆則(ふかお たかのり)

東京大学 大学院情報理工学系研究科(知能機械情報学) 教授


略歴
1994年 京都大学大学院工学研究科(応用システム科学専攻)博士後期課程中退、博士(情報学)
神戸大学大学院准教授、立命館大学教授を経て、現職
2001~2003年までカーネギーメロン大学のロボティクス研究所客員研究員として米国に滞在。そこでの経験を生かしながらフィールドロボティクス分野の研究に従事
ホームページ:
http://www.ynl.t.u-tokyo.ac.jp/wp/


日本では少子高齢化問題が深刻化し、研究開発・イノベーションによる解決方法が模索されている。深尾隆則教授は金出武雄先生との出会いを機に、アメリカの大学でロボティクスを学び、そして日本の農業をロボティクスで救おうと邁進している。また、ベンチャーの育ちやすい海外の環境を目の当たりにし、日本でも研究の仕組みを変えるために働きかけている。深尾教授が進める農業ロボット開発について詳しく伺うとともに、日本の企業が海外との競争を勝ち残っていく方策を伺った。
(監修:江崎浩、取材・構成:近代科学社 DF編集部)


最新技術で人手が必要な収穫期の省力化を図る

Q.先生が研究されているロボティクス(ロボット工学)について教えてください
深尾——私は2020年に東京大学に来て、知能機械情報学の研究をしています。元々は京都大学の航空工学科出身ですが、制御理論に興味をもち非線形制御理論【キーワード1】を研究し、ドクターになりました。ロボットというよりは制御の方ですね。

Q.なぜロボティクスの方面に進まれたのでしょう
深尾——制御の理論をやっていても、複雑な数学の研究をしている感じで理解されずに、なかなか企業との共同研究が実現しませんでした。その辺りから「理論をモノとして使えるように」という考えを抱き始め、転向することにしたんです。

Q.ロボティクスに進むにあたって、キッカケのようなものはありましたか?
深尾——アメリカのカーネギーメロン大学に有名なロボティクス研究所があるのですが、そちらにいらっしゃった金出武雄【キーワード2】先生に国際会議でお会いしたことですね。お話を聞いて、自分はこのまま理論をやっていても、とても「モノ」に使えるようにはならないなと衝撃を受けました。

Q.金出先生から聞いたお話とは?
深尾——現在は画像認識などを実システムに応用する研究が多くなっていますが、当時の日本ではまだありませんでした。しかしアメリカでは自動車の自動運転も実験的に始まっていて、ロボット工学への応用も動いていました。理論から「モノ」へ、さらにロボットへという形で。私が研究しているフィールドロボティクスの分野も盛んで、それを学んで帰国し、さらに進めていったという流れになります。

Q. 金出先生との出会いとアメリカでの経験が大きかったのですね
深尾——そうです。学生にも話すのですが、やはり国際会議に参加するだけではわからないことも多くて、向こうで実際に「モノ」を見て、話を聞いてわかることがあります。それまで私がやっていた制御理論というのは、要素技術をベースにしたような理論の積み重ねでした。もう20年も前ですが、アメリカ滞在中に衝撃を受けたのは、アプリケーションドリブンというか、目的をもって何かを決めて、それで足りない所をつくっていくというような考え方をしていました。日本でもそういったことができればという思いを持っています。

Q.先ほどフィールドロボティクスというキーワードが出てきました。詳しく教えていただけますか
深尾——屋外で使用するためのロボット技術のことで、特に力を入れている分野は農業です。日本の農業従事者は、60歳以上が75%以上、65歳以上が70%以上です。10年後には今の20~30%の人で農業をやらないといけなくなります。日本は基本的に移民を認めていないので、技能実習生などの枠組みを変えようとはしていますが、とても足りません。日本の状況を革新的に変えるには、自動化・ロボット化しかないということで、農林水産省をはじめ各機関と連携して進めています。

Q.自動化とは、自動運転などの技術を農業分野に取り入れること、でしょうか
深尾——そうですね。車両系の制御や自動運転、トラック隊列走行から、トラクターや収穫機といったものまで取り組んでいます。どんな場合でもちゃんと動くことが目標ですね。屋外になるので、環境が悪い所でもちゃんと使えるように改良することが重要です。草刈り機、農薬をまく機械なんかはロボットで牽引させながら行っています。

Q.自動化・ロボット化するための技術にはどのようなものがありますか?
深尾——農業をロボットとして体系化するために、深層学習の技術を取り入れています。今は画像認識のレベルが非常に高くなってきています。さらに安全性・完全性を保つために、LiDAR(ライダー)【キーワード3】と呼ばれるレーザー系のセンサも使っています。他のセンサも併用することで、環境の認識と安全性を担保することができます。

Q.環境の認識というのはどんな場面で使われるのでしょうか
深尾——収穫機の自動化ですね。今は人力で作業していますが、キャベツを横側から自動で認識するという技術をメーカーと共同で進めています(図1)。横側からというのは、人が見てもちょっと認識しづらい所なので、それをどう教えていくかが肝心な部分です。収穫ロボット系の本体はヤンマーアグリ(ヤンマーグループ)に作っていただいています。

図1:キャベツ自動収穫機
図1 キャベツ自動収穫機

Q.農作業における人力の部分を自動化していく、ということですね
深尾——はい。他には、収穫したコンテナが満杯になると、自動で近づいて行ってドッキング・運搬するロボットも開発しています(図2)。こういった取り組みが進めば、トータルで人を減らすことができると考えています。収穫期は人手がたくさん要りますからね。たくさんあるコンテナをトラックに載せたり、集荷場に運んだ後で並べたりという作業には人手が必要なので、自動車メーカーやフォークリフトのメーカーにも入っていただいています。ハードは企業がやり、ソフトは私たちがやる。私たちがやり切れない所は、機械的に工夫していただくという仕組みで進めています。

図2:キャベツ自動収穫機・運搬機
図2 キャベツ自動収穫機・運搬機

Q.対象としている作物はどんなものがありますか
深尾——キャベツ・タマネギ・ジャガイモ・トマトがベースですね。「トマト」はデンソー【キーワード4】が作ったベンチャーと共に自動収穫に取り組んでいます。あとは収穫しやすいナシなどの果樹。日本の方が考えた「ジョイント栽培」(図3)という方法があって、果樹が2年目でまだ細い木のときに枝を曲げて横に張ってつなぐ、というものですが、普通の木だと機械が大型になって効率が悪いところ、このジョイント栽培なら収穫の自動化ができそうでした。他にもリンゴや洋ナシなどの種類の果物で、私たちのプロジェクトが進められています。

図3:ジョイント樹形
図3 ジョイント樹形

農作物の種類や環境に対応し、認識の精度を高めたい

自然が相手の農業。品質を守りながら、収穫の手間を減らすための試行錯誤が続いている

Q.今後の課題があれば教えてください
深尾——農業と言えば北海道ということで、私たちは北海道での実証を始めたのですが、他の地域でも使いたいという声が出てきました。でもそのまま持っていくと、まず認識に失敗します。環境や品種の違いだけではなくて、たとえばキャベツなんかは、ちょっと寒いと紫色になるんですよ。雪が降ると葉が縮こまって守ろうとするとか。そういう時期でも農家の方は収穫されるので、農作物の「変化」を認識する必要があります。日本には約70種類のキャベツがある上、多様な環境にいかに対応していくかというところで難しさはありますが、そこが楽しいところでもあります。

Q.収穫しやすい場所、環境なども関係してきますか
深尾——はい。今後の課題は農道ですね。収穫物をトラックに載せて自動で運ぶ際、普通の道はきっちり作ってありますが、農道は車線やガードレールがなかったり、崖があったりするので非常にやりにくい。LiDARを使って「区切り目」をしっかり認識して落ちないようにするなど取り組んでいます。一つの対策だけだとミスが発生するかもしれないので、複合的に認識しないといけません。

Q. 特に難しい作物はありますか?
深尾——ミカンなどの柑橘類は例外ですね。農家の方にやってほしいと言われるのですが非常に難しくて、今のロボットのレベルを超えています。地形的にも傾斜しているので入れる車両が少ない。柑橘類の木はどうしても背が高くなりますから、ロボットは入りづらいです。先ほどお話したジョイント栽培もできません。

Q.解決策はあるのでしょうか
深尾——私たちは今、大型のキャベツをつかむための「手」を開発しています。柔軟で手首が反対に曲がるような手が作れると、柑橘類も収穫できるようになるのではないかな。あとはロボットの方ではなく、作物の方を変えるということも手段の一つでしょう。

Q. 作物を変える、とは?
深尾——たとえばリンゴ・ナシでは、実は枝に8〜9個とだいたい決まっているのですが、間隔を空けてロボットが収穫しやすくしたり、実が手前側になるように改良しています。作物の栽培に関して農研機構【キーワード5】の果樹の研究所や、全国の農業試験場とも協力しています。

Q.ロボット側に合わせるということなのですね
深尾——当然、品質が下がらないようテストも行いながら、こちら(ロボット開発)側に歩み寄っていただいています。正直に言うと、最初はロボットにとってすごく簡単な条件を出したつもりでしたが、手間や収穫を考えると無理だと言われました。年に1・2回しか収穫できないので、その中で試行錯誤しながら変えていただいている状況です。

Q. ロボットを使うことに対して、農家の方の反応はいかがですか?
深尾——農家の方は、今すぐにでも導入したいという方が多いです。特に北海道は、儲かっておられるのに人がいなくなっていくという状況が起きています。先ほどお話した通り、あと10年もすると農業従事者が激減するため、収穫量の維持にはそれぞれの農家が管轄する面積を大きくしていかざるを得ません。関東周辺でも農家を引き継ぐことができず、栽培できない農地がたくさん余っています。耕作放棄地になると、雑草や害虫など環境が悪くなる可能性もあります。

最初からリソースありきでスタート

海外と違い研究のフィールドが整っていない日本。深尾教授が取ったアプローチとは?

Q.メーカーや研究機関との共同研究は、最初から視野に入れているのでしょうか
深尾——はい。私たちは最初からメーカーや国の研究機関との連携を取っています。というのも、海外の大学のように多額の研究資金を最初に確保することが日本では難しいからです。ですので、まずはリソースを持っている所と組んで、研究を進めながら実用性を考えるというアプローチに変えました。モノづくりの面では、技能職員のような形で大学ではなく外部の人材に頼っています。アメリカで「テクニシャン」と呼ばれる人たちですね。

Q.そういった研究開発の進め方は、日本では珍しい?
深尾——そうだと思います。海外では大学発ベンチャーが当たり前なのですが、企業とアカデミックの垣根が低く、多くのドクターやテクニシャンと一緒に、ベンチャーの卵を育てていくという事例がたくさんありますね。

Q.現地で実際に見たからこそ参考にできるわけですね
深尾——はい。たとえば私たちは自動車の自動運転に関する研究も行っていますが、ドイツの自動車メーカーは、大きなテストコースを2つくらい持っているドイツの大学と組んでいます。そのような状況ではまともに戦っても勝てないので、企業や国の研究機関と実際に一緒にやり始めるという形を取っています。研究の前段階の枠組みから変えていかないと、なかなか上手くいかないなと感じています。農業でもよく言っているのですが、お金を出し渋っていては変えられません。社会受容性と一緒で、研究開発に資金を投資していい、使っていいとどれだけ皆さんが考えられるか、が大切ですね。

Q.全体的に意識を変えていかなければいけない、と
深尾——たとえば航空宇宙の分野では、NASAがお金をたくさん使っていますが、そのために小学校でモデルロケット【キーワード6】を使ったイベントを行っています。宇宙開発の必要性や理解を深めるための活動です。私たち大学はそういうアピールも含めて足りないと感じています。農業も将来的なビジョンを見据えながら、お金をかけることでトータルコストを下げられると伝えていきたいですね。

Q. 農業分野はまさに訴え続けなければいけない状況ですが、実用化はいかがでしょう
深尾——トラクターの自動化は商品になる段階まで来ています。今やっている野菜の収穫機も、企業で商品化に向けて進んでいますが、環境などによる不具合の対応が大変なので、いろいろな場所で試さないといけません。そういったことを解決していけば、商品になる段階には来ています。農道に関しては基盤整備も併せて行うので、もう少し時間が掛かるでしょう。

Q.国の力も必要になりそうです
深尾——農業に関しては今、農林水産省がすごく力を入れています。でも北海道だと農道は国交省の管轄なので、そういった所にもご理解をいただいて日本全体で枠組みを作っている最中です。地方は人が少なく、市街地よりもやりやすいので、早くて数年で自動化を進められるのではないかと考えています。5~10年ぐらいでいろいろなロボットが登場するのではないでしょうか。

日本ならではの仕組みを作っていく

失敗しても戻れる場所を確保することが大事だと話す深尾教授。海外と違う状況にある日本が、これから取り入れていくべき姿とは?

Q.先生はアメリカでベンチャー文化に触れられていますが、日本の環境についてはどうお考えでしょう
深尾——ドクターコースに行くことが前提として、たとえばカーネギーメロン大学では、一緒にやっていた学生は8〜10年かかってドクターを取っており、30歳を過ぎるのは当たり前です。ドイツだと私が聞いた方は35歳ぐらいでようやくドクターを取れたと。修士も4年かかると言っていました。これだけでも日本と違いますが、アメリカではみんな「新しいことがやりたい」という気持ちを持っています。日本では人と同じことをやりたがりますが、アメリカは「同じことをやらない」という気持ちがベースにありますね。

Q.日本とは真反対ですね
深尾——世界中から面白いことをやりたい人が集まっているんですね。それと当時一番大きいなと感じたのが、産学連携の組織でベンチャーを育てたとして、それが失敗しても戻ってこられる場所があるということです。たくさんベンチャーが立つので、1つ失敗しても近い分野のベンチャーに入ることもできます。

Q.失敗しても取り返しがつく、と
深尾——はい。さらに言えば、日本だと大学では一つだけ、要素技術だけを学ぶ人が多いですが、向こうはトータルで学んでいます。ロボットや自動車の研究でもハードウエアを自分たちで用意し、フィールドを持ってやっている。日本はドクターを取ってメーカーに入ると平社員から始まりますが、ドイツなどは課長レベルで入って、研究を引っ張っていきます。こうした背景も、再雇用に繋がっていく要因でしょう。

Q.日本では失敗を怖れる学生さんも多いのでしょうか
深尾——失敗したときにどうするかと悩むのは日本だけの問題ではありません。みんな考えることですので、大学の中にも帰ってくる場所を確保してあげないといけない。企業内でも、みんな今の部署を出るのが不安なので、なかなか社内ベンチャーには踏み込みづらい。「心理的安全」を保ってあげて、異動してチャレンジできるような環境を作らないといけないだろうと思っています。

Q.日本は今後どのような形で研究開発をしていくべきとお考えですか
深尾——今すぐにドクターやベンチャー企業をやる人を増やすことはできません。そこで私が取った手段は、企業の中でやる気がある人たちを集めることです。社内ベンチャー的な枠組みができればそれでも良いのです。実はデンソー内に農業系の部署はなくて、プロジェクトとして少人数で始まったものが大きくなっていったという経緯があります。そういう風に一緒にやっていくと良いのですが、なかなか始まらない所も多いです。

図4:デンソーのベンチャー企業で実施しているトマト自動収穫機
図4 デンソーのベンチャー企業で実施しているトマト自動収穫機

Q.その理由というのは?
深尾——皆さん失敗が怖いのだと思いますが、資金面もあるでしょう。でも先ほどお話したように、小さく始めたのでは上手くいくものも上手くいかない。最近ドイツでは、昔のように要素技術を開発するのではなくシステムとして作り、そのシステムでお金を生んでいく、ということをすごく意識しています。日本の企業にもそこを理解していただきたい。中小企業の方は「そんなお金は出せないよ」と言いますが、そうなるともう企業同士で組むしかない。

要素を売るのではなく、仕組みによって利益を得ていく

Q. 中小企業が組んでお金を捻出して、大きなシステムを作るべき?
深尾——そうなんですけど、実際は出来上がった段階でやりたい、他の真似だけやればいい、という所がまだ多いですね。自社だけでやりたいという所も多いですが、大学ともうまく組んで新しいことをやるのが一つのアプローチだと考えています。本当はアメリカのようにベンチャーを育て、企業に買い取ってもらうのが一番ですが、なかなか現状の仕組みでは難しい。

Q. 先生はそのお考えを体現してこられています
深尾——結局はトータルの枠組みをどうやって作るかが大事です。日本でどういう仕組みを作れば、研究的・企業的・産業的に変わっていけるか、ということですね。農業もそうですが、とにかく仕組みを作って1回まわします。日本人は真似が得意なので、上手くいったモデルができれば真似するかもしれません。ただ1回目のモデルを作ることがあまり得意ではないので、仕組みのベースを作っていくということを意識してやっています。

Q.仕組みそのものを研究されているとも言えますね
深尾——それぞれに応じて考えてはいます。枠組みを作って成り立つようにするにはどうすればいいのか。日本はそこが足りないことを伝えた上で、お金がかかることも伝えます。今は少しニーズが複雑になり過ぎていて、要素で売ったらコストを下げろ下げろと言われます。自動車がそうですね。でもそれをシステムにすると、見えないお金を生んでくる。アプリケーションやサービスで、ハードウエアとソフトウエアを組み合わせていく仕組みです。

Q.企業から、一緒に研究したいというお話は来ますか?
深尾——あります。ただそういったお話の際、共同研究費が少ない場合はできないというお返事をするようにしています。やはり小さい企業だと出せないということが多いのですが。でも、出せないので終わり、というのは個人的にしたくないので、企業同士が組む形に持っていきたいですね。要素1つだけでは苦しいけれど、組み合わせることで何か出てくるということは意外とあります。企業の規模にもよりますが。

Q. 海外との差を埋めるには、企業の連携などを促進する土壌が必要ですね
深尾——本当はベースが大きくなっていくのが一番ですが、たとえば中小機構【キーワード7】などのお金でコンソーシアムを組むということもあり得るでしょう。ただし相互に考えて、完全にバッティングしないよう上手く活動していく必要があります。今後は中小企業もしっかり考えて、自分たちから利益が出る仕組みを考え、作っていかないとだめですね。これからは人材も取り合いになるので。

Q.農業は人手不足とお話されていますが、どの業界でも起こるのでしょうか
深尾——工場で働く人などはどんどん減っています。人材に選ばれない産業・会社になることを避けるには、利益を出して給料を上げるしかありません。そういう利益構造を変えたくても、要素だけ売っているのでは利益は上がっていかない。早く理解して対策していかないと、農業以外の分野でも、同じような状況に追い込まれていくでしょう。

深尾隆則教授※感染症対策のため、インタビュー中はマスク着用としております
※感染症対策のため、インタビュー中はマスク着用としております

ツールに頼らず現場で学ぶ

体感と知識をベースに導き出せる学生を育てたいと話す深尾教授。研究室運営の目標を伺った

Q.ロボティクス分野の研究を通して、学生を育てるためのポリシーがあれば教えてください
深尾——私たちのアプローチとしては、現場で実際の「モノ」に触れるということです。企業に対しても言っていることですが、今はどんどんツールが整ってきています。AIもそうですし、設計もそう。でも50~60代以上の、いわゆる団塊世代やそのジュニア世代の人たちは、「モノ」に触れて感覚として理解しています。私が意識しているのは、「モノ」に触れて体感的に理解しつつ、理論をちゃんとやる、ということです。

Q.「モノ」を体感的に理解するために、どうすればいいでしょうか
深尾——やはり「モノ」に触らないとだめでしょうね。今はツールやシミュレーターが進化し過ぎて、実験などをやっている人が少ないですが、私たちは企業に加わっていただきながら実験を行っています。ただ、それは経験がある人が見ているからできることで、経験のない人ばかりになってしまったとき日本はどうなるのだろう、という心配があります。

Q.実際の経験が重要であると
深尾——はい。だからこそ、私たちの所で育てる学生は、まず大学でできる以上の経験や感覚を重視しています。少しだけやるのではなく、俯瞰的に見ることができ、そういう仕組みを作れたり、体感的に理解した知識をベースに何かを生み出すことを意識しています(図5)。そういうことをAIができるようになるのは当分先なので。複合化・複雑化したものに対し体感や知識をベースに導き出すことが、人間に求められています。

図5:学生との研究の様子
図5 学生との研究の様子

Q.たとえば自動車でもシミュレーターに頼らず、実物を体験すべき?
深尾——そうですね、企業にも入っていただいて。自動車企業のテストコースはあまり乗ることができないのですが、私たちは実際に乗せてもらっています。今はシミュレーターを使えますが、世界で戦えるモノを最後に商品として出すには、実際に体感することが重要です。

Q.今後、研究室で進めたいテーマはありますか?
深尾——可能性のある分野だと考えているのが、サービスロボット系です。大型スーパーや空港、施設などで働く作業ロボットですね。あとはホームロボットもですが、まだまだ難しい問題が多いので、先ほど話した「手」など、もう少し要素技術が進まないとだめです。そういうものができると、今度はホーム系にいけるでしょう。ハウスメーカーも含めて取り組んでいる所もあると思いますが。

Q. 難しい問題とはどのようなものですか?
深尾——フィールドにもよりますが、技術の完全性・安全性という面で担保できるほどの技術に育っていないことです。多くの人が行き交う場所など、専門知識が必要で了解を得ないといけないような分野では、今のAIでは怖い部分が多いのです。でも、国が豊かになればしんどいこと、手のかかることは人が避けるようになりますし、将来的にサービスロボット系はどんどん必要になるでしょう。農業もそうですが、日本だけでなく世界に出せるものを目指しています。
(取材日:2022年1月20日)

キーワード

1 非線形制御理論:制御工学において、非線形なシステムを扱う制御理論の領域のこと。ロボットや自動車などの運動制御に応用される。

2 金出武雄:カーネギーメロン大学ワイタカー記念全学教授。京都大学高等研究院招聘特別教授(兼任)。1970年代以降カーネギーメロン大学などで、コンピュータによる画像認識の先駆的研究に取り組む。1985年から始まった自動走行車のプロジェクトは、今日の自動運転技術の礎となっている。詳細はこちら
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%87%BA%E6%AD%A6%E9%9B%84

3 LiDAR(ライダー):Light Detection And Ranging(光による検知と測距)の頭文字を取ったもの。電波を使って測定する「レーダー」に対して、LiDARはレーザー光を使って測定する。より高い精度で位置や形状などを検出できる。

4 デンソー:1949年設立。先進的な自動車技術、システム・製品を提供する自動車部品のグローバルメーカー。2020年にはセルトングループ(オランダ)と共に、施設園芸ソリューションを提供する新会社「デンソーアグリテックソリューションズ」も設立。

5 農研機関:国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構の略称。日本の農業と食品産業の発展のため、基礎から応用まで幅広い分野で研究開発を行う機関。

6 モデルロケット:火薬を使用する小型のロケット。そのエンジンの高性能さから日本を含む各国の教育・研究機関で使用されており、NASAも宇宙教育に活用している。

7 中小機構:独立行政法人 中小企業基盤整備機構の略称。国の中小企業政策の中核的な実施機関で、中小企業の成長をサポートする。

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