『モノ』をインターネットにつなぐ技術
電子情報学専攻<落合秀也(おちあい・ひでや)講師

 落合秀也講師の研究室の机上には、緑色の基板と緑と白2色のツイストペアケーブルが所狭しと並んでいた。複数のセンサに特殊な通信メディアを取り付け、インターネット上のサーバとのデータ交換を検証する最先端の実験装置。マルチドロップと呼ばれる簡便な方式で接続され、ビルの計測や管理システムへの応用が期待できる[写真1]

中山英樹講師(撮影:近藤悦朗)

写真1 落合研究室の机の上に並ぶ最先端の実験装置。複数のセンサに特殊な通信メディアを取り付け、インターネット上のサーバとのデータ交換を検証する。マルチドロップと呼ばれる簡便な方式で接続されている(撮影:近藤悦朗)

 あらゆるものがデジタル化・情報化され、いつでも、どこでも、スマート端末などからインターネットにアクセスできる時代。落合講師がめざすのは、「センサ(測定するもの)とアクチュエータ(働きかけをするもの)が、簡単な方法でネットワークにつながり続け、データを自在にやりとりできるインターネット技術」だ[図3参照]

通信規格「IEEE1888」

 落合講師は、創造情報学専攻の江崎浩教授が中心となり、多数の研究機関、企業・団体が参加する「東大グリーンICTプロジェクト」を通信技術で牽引する。
 2008年から本郷キャンパスの工学部2号館をフィールドに電力消費量の「見える化」などを進めていたが、2011年3月に東日本大震災が発生。多くの大型発電所が破壊されたことで東日本は危機的な電力不足に見舞われ、東京電力管内でも消費電力が大きい東大は、全学で大規模な節電に取り組む必要があった。しかも、特に需要が高まる夏までに成果をあげなければならなかった。
 「2010年比、ピーク電力値で30パーセント、積算電力量で35パーセントの節電」が目標に設定されたが、「節電しようにも、実際に、どこで、どのくらいの電力が使われ、どのくらい必要なのか、電力需要をだれも予測できませんでした」
 各キャンパス、各エリア、各建物での需要パターンを知るため、電力消費の可視化をめざした。そのシステムを7月までのわずか数カ月で実現する鍵となったのが、通信規格「IEEE1888」だ。計測や制御に関わる様々なソフトウェアやデータベースを容易に接続し、インターネット上で自由にデータ交換できるように、落合講師らが開発したもので、キャンパスごとに違っていたデータ提供方式を統一。データをインターネットにつなぎ、オンライン化した。これにより、大学の節電アクションに貢献できた[図1

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さまざまな対象を表現できるネットワーク構造に着目し、データマイニングの可能性を広げる

図1 IEEE1888ゲートウェイを学内の各変電所に導入して、キャンパスごとにバラバラだったデータの提供形式を統一し、インターネットにつないでデータ管理と「見える化」を短期間に実現した

 現在では、本郷、駒場(ⅠとⅡの2箇所)、柏、白金の計五つのキャンパスを横断的にリアルタイムに監視できる。それらのデータは公開もされている(http://ep-monitor.adm.u-tokyo.ac.jp/campus/denryoku)。

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図2 キャンパスの電力消費状況可視化の例。本郷キャンパスのエリアごとの電力使用状況を、1時間ごとに配信している(http://ep-monitor.adm.u-tokyo.ac.jp/areamap/hongo.html

 IEEE1888は、その後、民間企業での運用、国際的な実証展開が行われ、2015年3月には、ISO/IECの国際標準規格としても承認された。
 オープンに情報を提供し、支援できることが、大学で通信規格を研究するメリットだと落合講師は考える。「IEEE1888以外にも多くの方式が『世界標準』をめざしているが、それぞれのよい部分が取り入れられながら進化していくでしょう」と話す。

「監視系」から「制御系」へ

 いま落合講師は、インターネットにあふれるビッグデータを使って、警報装置などのアクチュエータをリアルタイムで駆動、制御することを構想している。
 従来は、センサのデータをセンターに集め、解析し、必要なユーザーに配信する「監視系」が中心だったが、ネット上にあふれるデータを使ってアクチュエータを動かす「制御系」の研究が重要だと考える。「モノのインターネット(IoT=Internet of Things)」、あるいは「M2M=Machine to Machine(機械間)通信」などと呼ばれ、世界中で注目されている技術だ[図3

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図3 「モノのインターネット(IoT=Internet of Things)」あるいは「M2M=Machine to Machine(機械間)通信」の概念図。現在はセンサから得られたデータをセンターで解析してから発信する「監視系」が中心だが、落合講師が構想する「制御系」では、データそのものがアクチュエータに働きかけ、警報を出したり、数値を表示したり、エアコンを動かしたりする

 たとえば、降雨レーダー。現在では100メートル単位の細かいメッシュでの観測が可能になり、時々刻々と詳細なデータが得られるようになっている。にもかかわらず、それが十分に活用されていない。2014年、土砂災害などの大きな被害が出た広島県の豪雨も、直前に雨雲の接近は知られていたのに、必要な情報が必要な地域に伝わらず、避難が遅れたとされる。
 最近の都会のゲリラ豪雨では、短時間の大量の雨で、下水があふれたり、地下街が水浸しになったりする被害も報告されている。もし雨雲の接近をいち早く予測し、地下街や駐車場の入口にある浸水防御シャッターを閉められたら、被害は未然に防げるだろう。
 防災だけではない。農業用ビニールハウスでは雨が作物に当たると悪影響を与える場合がある。ふだん開けている天窓を、雨が降る前に自動で閉めるシステムがあれば、「夜中にわざわざ窓を閉めに出かけていく必要もなくなります」と笑う。
 国立研究開発法人防災科学技術研究所と共同研究を進めていて、表示機の付いた小さな基板をLANのコネクタにつなげば、現在位置の降雨量をリアルタイムで知ることができる[図4

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図4 制御系M2Mのアクチュエータの一例。防災科学技術研究所と共同研究を進めている、降雨量の表示計。現在地の降雨量をリアルタイムで表示できる

 実験で使う装置の多くはCAD(コンピュータ支援設計)システムを使って自分で設計する。中学1年のときに初めてAMラジオを作って以来、電子工作で様々なものを作ってきた。いまも秋葉原の電気街で部品探しをするのが何よりの楽しみだ。期待通りに動いたときは達成感がある。うまく動かないときは、理由を考え、できるまでやり直す。すっかり没頭して、気がつくと、何時間も経過していることもある。
 電子工作を通して得てきたことが、研究の上でも知識や技術の裏付けとなっている。課題を見つけ、解決策を探し、試行錯誤の末、方向性が見えてくる。
「現代はキーを一つ押せば、ものが動き、答が出る。でも電子情報学を専攻する学生には、その裏にある原理や技術をしっかり学び理解してほしい。まず実験で自分の手を動かすこと。そして、時には、ぶっ飛んだ発想も持ってほしいですね」
(2016年3月/取材・構成:五十嵐道子)

落合秀也講師のホームページ

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