紙にコンピュータを埋め込み、インテリジェントに
電子情報学専攻 川原圭博 講師

センサーネットを構築し、気象や人の流れつかむ
空間からエネルギー回収、情報の送受信機能も

 「あなたは紙にどのようなイメージを持っていますか。情報の記録メディア、あの人に思いを伝える文(ふみ)、紙飛行機」…。川原講師がチャレンジしているのは、いままでの紙の枠から飛び出して、紙の中にコンピュータを埋め込み、インテリジェント化してセンサーネットワークをつくること。その賢い紙を空間にばら撒くと、「東京・大手町ではいま、雨が降っています。本郷で降り出すのは30分後。でも、新宿に行くと、まもなく降り出しますよ」。そんな細やかな気象情報をキャッチして伝えるものに早変わり。紙のイメージを根本から変え、応用の可能性をいっそう広げる「紙を使ったセンサーネット」の世界とはどのようなものなのか。

切り口は空間のスマート化

 川原講師が一貫して取り組んでいる研究テーマは、空間や物体のスマート化である。小型高性能になったコンピュータが家電やクルマなどあらゆるものに使われ、より豊かな機能、サービスを実現しているが、もっと広げられる用途が残されている。たとえば、多くの人が毎日持ち歩く携帯電話。これに加速度センサーを取り付けて、いま歩いている、部屋で掃除しているといった日常の運動状況や姿勢を把握して消費カロリーを推定すると、メタボリックシンドロームなどの生活習慣病を防ぐことができる。コンピュータを利用して新しい情報を提供するアプローチがスマート化で、消費カロリーを推定する方法は、KDDI研究所と共同開発に成功した成果である。

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さまざまな対象を表現できるネットワーク構造に着目し、データマイニングの可能性を広げる

  紙のインテリジェント化もスマート化が切り口。エネルギーを空間中から回収する機能、情報をセンシングする機能、情報を送受信する機能も備えたもので、普通の紙とは大ちがい。エネルギーを何から回収するかという課題に対し、川原講師は電波に注目した。太陽電池よりも安価で使い勝手のよいものを探った結果、紙にレクテナと呼ばれる特殊な回路を印刷し、携帯電話やテレビから出てくる環境中に漂う“微少な通信用電波”エネルギーを取り込むことを考えた。アンテナや回路を印刷する技術は、米国ジョージア工科大学が持っていて、市販の耐水性インクジェット用の紙にシルバーのインクで印刷するだけ。この回路で通信用電波をキャッチしてエネルギーとして使おうというのが川原講師のオリジナルである。

 電波を情報通信の手段に使っているものに、SUICAなどICカードがある。たとえば、SUICAを使って改札機を通るときは、改札機に備え付けられた読み取り機からの電波を受けてカードの中にあるICチップを駆動させて料金計算をし、同時に通信も行っている。至近距離で電気エネルギーを送り合っているが、川原講師の紙センサーネットワークは、東京タワーなど遠くの電波塔から送られてきた電波を受けたテレビが発生する微少なエネルギーを利用するところがユニーク。このため、エネルギーを回収するレクテナ、電子回路技術だけでなく、どういったタイミングでチップを動かし、複数のチップを協調させて情報を送受信するかという、ソフトウェア的な考えやネットワーク上の仕掛けがきわめて重要になる。

 現在、ジョージア工科大学とNEDOの国際共同プロジェクト(4年計画)を推進中で、その1年目が終わったところ。テレビや携帯電話からどのくらいのエネルギーが出ているか、データを集めてモデル化を完了した。このモデルをもとにアンテナの形状や電子回路を設計し、動作戦略を講じて製作したプロトタイプは、東京タワー周辺で実際に動作を確認したという。すでに、部品メーカーが協力を申し入れてきている。

 では、賢い紙の用途は。食品包装紙として使った場合、物流段階で紫外線を受けたとか、急激な温度変化にさらされたといったトラッキングが可能だから、モノの品質保証に使える。おもしろい用途としては、駅や街角に貼るポスター。面積が大きくなるほどエネルギーを回収するので、電子インクと組み合わせることによって、気がついたらディスプレイの模様や内容が変わるグラフィックポスターになり、小さいものは小さいなりに、大面積は大面積の特徴を生かした利用法が考えられる。「紙は環境を破壊するものと言われますが、プラスチックよりも圧倒的に環境にやさしい素材です。紙にコンピュータが埋め込まれ、給電しなくても動作すると、まったく新しい使い道が開けます」

配線の手間や電池交換不要の無線電力伝送にも白羽

 川原講師は、スマート化の発展形として電子機器の無線電力供給方式にもスポットを当てている。「携帯電話は無線で通信ができるのに、充電するときはコードにつなぐじゃないですか。この充電コードをなくす策の1つが無線充電です」。ヒゲソリや歯ブラシなど水周りで扱う電子機器の無線充電は、充電ソケットに乗るくらい近づけないと充電できない。ところが、コイル状に巻いた送受信アンテナが、中心軸に対して水平・垂直方向に隣接している際にも共振することに着目し、複数のアンテナを面状に並べ、電力をルーティングするマルチホップ無線電力伝送方式なら、机の上や棚の中などある程度広いエリアを高効率でカバーできる。配線の手間や電池交換が要らなくなるのは、言うまでもない。

 利点は、送り手と受け手の側で共振がピタリ成立したときだけエネルギーの受け渡しが行われるので、他の機器への影響がほとんどないことだ。携帯電話や掃除ロボットなどからテストしたいと川原講師にはシナリオができている。携帯電話であれば、充電器に乗せなくても机の上に置いておくだけで充電できるようになるし、家電の配線も不要になる。掃除ロボットは、必要なときにエネルギーを無線で回収できて、家中くまなく掃除してくれる。

 何の変哲もない紙にインテリジェンスが加わると、紙の世界が変わる。エネルギーは空間から回収し、センシングの機能もあり、コストも安い。あとは具体的な使い道をどう示すか、川原講師の柔軟な頭脳の見せどころである。

川原講師

ISTyくん