五感と付加した知覚で人に役に立つ『知能ロボット』を
創造情報学専攻 カーソン・レノツ 特任助教

昆虫の触角のようなセンサーで知能を豊かに
人の顔の表情を読み取りながら、対話も実現

カーソン・レノツ 特任助教 今回の主人公、カーソン特任助教は、米国MITメディア・ラボから創造情報学専攻の石川研究室の研究員として転身した異色の人材である。ハプティックレーダー(光で対象物を認識し、人間に触覚に類する新しいモダリティを与えるもの)の研究に注力しており、その応用は「人混みでごった返す東京・渋谷の交差点を、人にぶつからずに歩いて行けるロボット」だ。返ってきたこの答えには、重要な視点が込められている。あれほど混雑する渋谷の交差点をロボットが人にぶつからずに歩くには、人間のように目があり、音を聴き分け、触覚を持ち、歩く機構も兼ね備えていないとできないだろう。ここに『知能ロボット』の姿が見えてくる。人間の五感をさらに拡張するような、従来にない知覚機能と組み合わせると、社会に溶け込み、人に役に立つ知能ロボットに近づくことができる。その第一弾がハプティックレーダーである。

石川研究室のロボットの滑らかな動きに惹かれた

メタ・パーセプションの概念
メタ・パーセプションの概念
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 カーソン氏がMIT を辞めてまで東大の研究員を志すきっかけになったのは、担当のRodney Brooks教授が見せてくれた1本のビデオ。MITメディア・ラボのリサーチアシスタントだった2003年春。世界のロボット研究を紹介したビデオ映像の中に、ひときわ心の琴線に響くものがあった。ほとんどのロボットがギクシャクしてぎこちない動きしかしないのに、石川研究室のロボットはとても滑らかで速い動き。「なぜなのか、独創的なその秘密を知りたい」―。

赤外線で障害物を検出し、振動に変換するハプティックレーダーのテストモジュール
赤外線で障害物を検出し、振動に変換するハプティックレーダーのテストモジュール

 2006年に石川研究室のメンバーとなり、それからおよそ2年半。ビデオで感じた秘密の中身は「まだまだミステリアス」と笑いながらジョークを飛ばす。ただ、日本では研究室1つひとつが独自の世界をつくっていて、研究員や学生らの強固なチームワークと連携、協力関係が特徴的。このような研究体制はMITでも、客員研究員として留学したアイルランドの大学にもなく、これこそが大きな研究推進力になっていると分析する。「しかも、これほど楽しく研究できる環境はない」という。

 MIT時代は、人間の感情を分析する研究(Affective Computing)が主体だった。心拍数や顔の表情の変化など、人間の生理や行動に現れるわずかな変化から、うれしい、悲しいなど喜怒哀楽を捉える研究である。たとえば、クルマを運転していて、隣を別のクルマが追い越した。あんなクルマに抜かれては我慢がならぬとばかりに、強くアクセルを踏み込もうとした、そのときの顔の表情を読み取って逆にブレーキをかけるといったような応用が可能なのだ。

このモジュールを数個、ハチマキ状に構成し、目隠しをした人の頭部に取り付けて実験した。近づいた障害物を避けている様子がわかる
テストモジュールを数個、ハチマキ状に構成し、目隠しをした人の頭部に取り付けて実験した。近づいた障害物を回避している様子がわかる

 研究室を主宰する石川正俊教授は、カーソン研究員の感情分析研究を、研究室で展開中の4つの柱、センサーフュージョン、ダイナミックイメージコントロール、高速ビジョンチップ、メタ・パーセプションと組み合わせて、新しい研究のフラッグシップを建てることを計画した。つまり、異なった研究キャリアを持つ人が出会うことによって、新しい研究が展開できることを期待したのだ。カーソン研究員も、アイデアは研究分野を橋渡しするようなところから生まれてくるという考えを持っていた。石川教授は、実世界の新たな知覚手法を獲得したり、新しい対話の形を創造するメタ・パーセプション研究と融合させ、これによって知能ロボットに欠かせない新しい知覚開発を目論んだ。これは見事にはまった。

 カーソン研究員の手始めとなるハプティックレーダーは、障害物を80cm程度までに近づけると、赤外線で反応して振動し、障害物が近いことを知らせる。目隠しをした人にこのセンサーをアレイ状に埋め込んだ帽子をかぶらせて障害物を近づけたところ、100%近い確率で障害物を回避できた。このセンサーは、人間が持ち合わせていない昆虫の触角、イヌやネコのひげと同じような感覚を、光を用いることで非接触で障害物を検出し、振動を用いて人間の皮膚に伝達することにより実現したものである。衣服のように体全体を覆う形にすると、人間の触感覚の機能を自然な形で拡張できるような働きが期待でき、視力障害者にとって視覚補助の有力な手段にもなり得る。いまは赤外線を使っているが、距離範囲を10mくらいまで拡張できるレーザー方式にも取り組んでいる。こうした知覚機能はBrain Computer InterfaceやAugmented Realityといった新たな認識研究に革新をもたらす可能性がある。次代のテーマも見据えていると言ってよい。

 もう1つ重要なのが、ロボットと人間のコミュニケーションである。介護ロボットをつくるとしたら、介護される人が何をしてほしいのか、ロボットが理解し、表情でも答えてくれることが望ましい。ロボットと人間が対話できるように、顔の表情を読み取る研究がここに生きてくる。

東大をインターナショナルな大学にしたい

カーソン・レノツ 特任助教

 研究とともに、東大でやりたいことはと聞くと、鋭い意見が飛び出した。「東大を世界が評価するインターナショナルな大学にしたい」。東大には世界に誇れる研究があるのに、外国にはあまり知られていない。世界にすごい研究者がいるのに、東大は招聘していないと指摘する。

 Times Higher Educationの2007年の大学世界ランキングによると、トップはハーバード大学。トップ10に米国が6校、英国が4校を占めている。ちなみに、MITは10位。東大はアジアでトップとはいえ、世界ランク17位である。特に評価を下げている大きな要因は、外国人教員と外国人学生数が少ないことだ。教育研究環境に対する魅力に欠けていることを如実に示しており、これを払拭する狙いで東大は2005年から4年計画で、教育と研究、社会連携の3分野の国際化を推進し、4つの重点領域を定めて国際化推進計画を実行中。この国際化戦略によって世界から多彩な人材を集め、21世紀の社会の知をリードする総合大学を目指している。こうした戦略とともに、サマースクールをはじめ、外国人研究者の関心を呼び起こすイベントを積極的に開催し、『東大のヒト、モノ、知の全体が見える』ようにする工夫が必要だろう。カーソン特任助教は東大の国際化へ少しでも貢献したいと熱っぽく語った。

 「10年後、20年後に何をしているかと聞かれても、???です。でも、国際化の推進のほかにやり遂げたいことは、教科書として10年、20年にわたって使われるような本を書きたい」。その中身は、完成してからのお楽しみとでも言うかのように、茶目っ気たっぷりのウインクで答えた。

ISTyくん