ぺタフロップスの超高速スパコン時代を開くために
コンピュータ科学専攻 石川 裕 教授

大学発のアプリケーションを計算科学者の知恵で
並列分散コンピューティング体系の確立も視野に

石川 裕 教授 現在の数百倍の超高速性を発揮する10ペタフロップスの次世代スーパーコンピューター(ペタコン)が出番を待っている。実験・観測、理論と並んで科学技術の3つ目の柱になると注目されている『計算科学』という、未踏の扉を開くマシンとして大きな期待がかけられている。ナノ、ライフサイエンス研究、創薬開発など活躍する領域は広いが、それを期待だけで終わらせては、日本の未来を科学技術で開くことはできない。ペタフロップスの超高速性を使いこなす人材と道筋(アプリケーション)がカギを握るのは間違いない。石川教授は「計算科学、計算工学研究者の知恵を総合化して大学発アプリケーションを開発、それを産業界に提供し、産学が一体となってペタコン市場を形成することが重要」という。誰も使ったことがないペタコン環境の整備がミッションの1つだが、研究の底流にあるのは、並列分散コンピューティング体系の確立である。

オープンスパコンの意味するもの

 東京大学、筑波大学、京都大学の3大学が2006年春に打ち出したオープンスパコン共同開発プロジェクト『T2K』。大規模な科学技術計算を実施したいユーザーに共通仕様の高速性能を誇るスパコンを提供するものだ。今年6月、それぞれの計算センターで稼働を予定している。石川教授は東大情報基盤センターの推進責任者である。

東京大学情報基盤センター スーパーコンピューティング部門における取り組み
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 オープンスパコンのコンセプトが浮上したのは、大学の計算センターにおけるユーザーの減少が色濃く反映している。PCの進歩はめざましく、10年前のスパコンとそん色ない性能になった。このため、多数のPCでクラスターを構成すると、スパコン並みの高速計算処理を実現できるので、中規模クラスの計算なら研究室レベルで処理できるようになり、大規模なスパコンを使う必要がなくなった。大規模スパコンの必要性を感じなくなったユーザーを回帰させないと、超高速性能を持つペタコンが登場しても、宝の持ち腐れになりかねない。ペタコンを使って次代の科学技術を担うナノやバイオ領域を開拓できれば、並列計算市場が活性化し、ペタコン自体の普及を促す。その大本となる10ペタフロップスの次世代スパコンは国家基幹技術として理化学研究所が開発中で、2011年度末の本格稼働を目指している。「それまでに、オープンスパコンでトレーニングを積み、それをステップにペタコンにスムーズに移行する道筋をつける」というシナリオである。

 シナリオ作家兼演出家の石川教授としては、新しい並列言語処理系、通信ライブラリー、チューニングツールなどを用意し、プログラムを大幅に修正しなくてもペタコンに移行する仕組みをつくりたいのだ。「これまでは、コンピューターサイエンスの研究者が主体でしたが、工学・情報系のアプリケーション開発を行っている研究者と組んで実現したい」。実際に使う立場に立った開発を進める姿勢である。そして、次の展開は、大学の成果の産業界への橋渡しだ。大学が産み出したアプリケーションを企業が使ってはじめて、大学の“知”が生きる。そうするには、具体的な支援体制が必要で、今秋にもASP(Application Service Provider)を立ち上げる。ASPは、マシンがあれば自前のソフトウェアで並列計算を実行できるマインドを持った企業に、現実にオープンスパコンを使って実績を上げてもらう業態を指す。ASPをビジネスモデルに産学連携を強化していく考えだ。しかし、単なるマシンの貸し出しではない。あくまで、ペタコンへの橋渡しが目的である。

 10ペタのスパコンができても、その能力をフルに使う大規模な計算ニーズがすぐに出てくるとは限らないし、また、使いこなすノウハウも身に付けていない。1ペタ、あるいは1ペタを100分割して一気に計算処理するとか、そういう動かし方から徐々に始まると石川教授は見ている。ペタコン時代を開くには、細心の“設計”が欠かせないのだ。

ディペンダブル&実時間分散システム

石川 裕 教授 オープンスパコンは、東大全体の情報通信基盤づくりに軸足を置いたものだが、情報理工のコンピュータ科学専攻の観点から石川教授が展開している研究は、並列分散コンピューティング、中でも、並列分散システムの中核となるシステムソフトウェア体系の確立だ。攻めているのは3つ。(1)ディペンダブルシステム、(2)クラスター・グリッドシステム、(3)実時間分散システムである。たとえば、ディぺンダブルシステムは、石川教授が代表として5グループをまとめているJSTのCREST「実用化を目指した組み込みシステム用ディペンダブル・オペレーティングシステム」の一環で、並列・分散型組み込みシステム用のOSが研究対象。Linuxのもとで動作するマルチコアCPUとメモリーだけを搭載したクラスターシステムを想定し、1つのノードが故障しても、全体では故障したようには見えないシステム開発が目標である。マルチコアCPUを搭載した組み込みシステムのニーズはOA、情報家電、サービスロボット、FA、次世代携帯電話などきわめて多彩。これらのディペンダブルに白羽の矢を立てている。

研究テーマ全体像
研究テーマ全体像
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 石川教授の業績の中で注目されるのは、クラスターシステムを効率よく動かすソフトウェアのSCoreだろう。通信ライブラリーなどをまとめてLinuxカーネル上に構築し、スケーラビリティを検証するために、1024プロセッサー規模のクラスターシステムで動作させた。東大に移る前の新情報処理開発機構時代(2000年ごろ)の成果だが、その後、欧米の研究機関のほか、理化学研究所や筑波大、産業技術総合研究所の大規模クラスターに採用され、自動車会社など企業でも使われている。中でも、理研のクラスターは2004年6月のTOP500リストで世界7位の性能を達成した。それはSCoreの持つ高性能通信機構のたまものと言ってよい。SCoreは現在も「PCクラスタコンソーシアム」が普及活動を続けている。

 「PCクラスターからオープンスパコン、そして、ペタコンへの流れを太くしたい。日本の未来を拓くために不可欠だから」。石川教授の強い意思があふれている。

ISTyくん