情報爆発時代のネットワークに新しい風『P2P』
電子情報学専攻 江﨑 浩 教授

P2P技術を発展させた新アーキテクチャーも視野に
『動画やアニメ』など多彩なサービスが出番を待つ

江﨑 浩 教授 「現在、最も力を入れている研究は、新世代インターネット。中身は『P2P(Peer to Peer)ネットワーク』と、これを発展させた新しいネットワークアーキテクチャー。いわば、Post-P2P技術を用いた新世代インターネットアーキテクチャーである。これを何としても実現したい」。教授は開口一番、こう言って身を乗り出した。P2Pの通信形態は、インターネットをはじめとした従来のデジタル通信ネットワークとは大きく異なるものだが、高品質・大量の情報が流通する情報爆発時代のネットワークとしては打ってつけだ。「そのビジョンは、地球を丸ごとネットワークで結び、世界のどこからでも情報のやりとりができる情報基盤づくり」。教授の目線は、まさに地球規模。地ならしは国内からスタートするが、その動向に、コンテンツビジネスを展開する通信、配信事業者が熱い視線を投げかけている。「P2Pは、多くの利用者に、より安価に新しいサービスを提供する手段として急成長する可能性は大きい」。キーマンの予想だけに、企業ならずとも見逃しにはできない。教授の考える新世代インターネットは、従来のインターネットの基本理念であるエンド・ツー・エンド・アーキテクチャーモデル、透明な通信(Transparent Communication)の再考である。P2P技術の登場は、コミュニケーションモデルの再構築のきっかけを与えたのだろう。

“世界丸ごとネットワーク”の構想

P2Pネットワークとは
P2Pネットワークとは
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 『P2P』―。一般には馴染みが薄いかもしれないが、ファイル交換ソフトウェアやオンラインゲーム、IP電話などは、P2P技術によってもたらされた。とても身近な存在でもあり、将来は新しいサービスや商品を産み出す産業起爆剤になると海外で注目を集めている。すでに、動画やアニメの配信が始まっている。半面、日本では暗い影を落とし、それを払拭しきれていない。ファイル交換ソフトウェアのWinnyがもたらした負の影である。教授は「これは技術の問題ではなくコントロール(システムの管理制御技術と社会的な統治システム)の問題だから、きちんと対応すれば解決できる」と指摘する。P2Pの技術的な価値や活用の可能性を探る目的で、昨秋、総務省の肝いりで「P2Pネットワーク実験協議会」が設立された。参加しているのは28企業・団体。主体は通信、メディア事業者。企業の関心がいかに高いかを物語っている。教授は中心メンバーの一人である。

 P2Pネットワークの特徴は何か。現在のインターネットはwwwに代表されるクライアント・サーバ(C/S)型ネットワークだが、サーバにアクセスが集中しやすいために、コンテンツの大容量化や利用者の増加には対応しきれない致命的な課題を抱える。膨大な情報がネットワーク上を流通する時代には、大量の情報を捌くことができる新しいネットワークが求められる。そこで、C/S型ネットワークのように、定まったクライアントやサーバを持たず、ネットワークにつながれた個人用PCなどの機器がクライアントやサーバとして動作すれば、情報が特定のサーバに集中せずにネットワーク上に分散し、トラブルが起きても他の機器で肩代わりできるようになる。この仕組みがP2Pだ。

 このP2Pに、インターネットの政策立案、普及促進、関連技術の標準化などを推進する世界的な機関「ISOC(Internet Society, www.isoc.org)」も注目している。教授は日本を含むアジアから選ばれたISOCの役員(BoT:Board of Trustee)でもある。P2Pをグローバルな視点で捉えているのはそのためだ。

Global Lambda Integrated Facility World Map (August 2005) センサーネットワーク関連研究の成果
Global Lambda Integrated Facility World Map (August 2005) センサーネットワーク関連研究の成果
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 最も肝心なのは、何のためのネットワークなのかを見極めることだ。国のインフラの発展と活力の増大に大きな意味を持つ情報は、科学技術に軸足を置いた“知”。生命科学や原子力などの最先端の科学技術情報を適切かつタイムリーに提供するネットワークとしてP2Pが浮上した。原子力や宇宙サイエンスなどの情報は、研究面で先行している国が共通の土俵で議論し、共有してはじめて真に活用できる。教授はこのような科学技術情報の円滑な共有化へのきっかけをP2Pで開こうと、分野を超えて研究者、科学者と話し合いを始めている。

研究開発コンソーシアム「WIDE」で推進

 一方、そうした特殊な世界の情報だけでなく、動画やアニメ、テレビ放送など、身近なコンテンツ配信を行うサービスが芽生えている。ネットワークとしては、現状のインターネットと同様の中立性、自律性が要求されている。インターネットは参加する人が持っている情報やカネなどの資源を出し合って出来上がった。「その成功例を持ち込むことがP2P実現の秘訣」と教授は読む。

 それらを可能にするには、データや動画の配信に伴う通信トラフィックの増加への対応のほか、コンテンツ配信を行う事業者や利用者向けのガイドラインの策定・整備、コンテンツの保護や課金、認証などの機能を構築することなど技術課題が山積している。 研究室は、技術的な問題からビジネスに近いテーマに踏み込んで研究してきた実績があり、「そのノウハウを協議会活動や個別の研究に提供していきたい」と全面協力の構えだ。

江﨑 浩 教授 この研究は、産学官で推進中のインターネット技術に関する研究開発コンソーシアム、「WIDE」プロジェクト(代表:村井純 慶応大学教授)で行っている。研究室は同プロジェクトの基幹研究室として機能しており、次世代インターネット通信プロトコルIPv6について、独自の発想によるKAME、TAHI、USAGIなどの産学連携による研究開発コンソーシアムと、多数の実証実験のとりまとめを担うとともに、「Live E ! 」というプロジェクトも実施している。「Live E ! 」は、地球に関する生きた情報が流通するネットワークを通して情報の共有と利用を図るのが目的。第一弾として地域の気象情報をセンサーネットワークで捉え、防災などに役立てるシステムを構築、実験している。これはまさに、P2Pの小規模なモデルケースでもある。

 「信じるものは救われる」―江﨑教授の研究のスタンスを表す言葉だ。「信念」とともに、社会に対する「責任」が加わってはじめて「謙虚さ」が生まれる。研究に必要な姿勢を3つの言葉で表現する教授には、「ネットワークの新しい風はきっと吹き始める」という強い信念がある。そのこころは、利用者に新たなサービスをもたらしたいとの意気に違いない。

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研究室 

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