目標は、人の“コツ”と“目の付けどころ”を理解するロボット
知能機械情報学専攻 國吉 康夫 教授

真に人間と共生する『ロボット新時代』に向けて
柔軟な知的能力により、臨機応変に賢く動作

メジャーリーガー、松坂大輔のようにジャイロボールを投げたい、タイガー・ウッズの超ロングドライブがほしい、師匠のようにすばらしい踊りを踊ってみたい――趣味は違っても、プロの動きを羨望の眼差しで見ているアマチュアは多い。超一流のプロは、肝心なところだけに力を入れて、キレのよい超一級の技を披露する。「それは、単に力が強いとか素早いとか正確ということではなく、“コツ”や“目のつけどころ”という、れっきとした『知能』の問題だと考えています」と知能機械情報学専攻の國吉教授は答える。「実は、ロボットなどシステムに知能を与える研究の重要なポイントの1つが、まさに、コツと目の付けどころなんです」。

目的達成のために、正面突破する研究姿勢

國吉 康夫 教授

 國吉教授の研究の主体は、知能システム情報学。機械システムに知能を与え、またそれによって知能とは何かを探る研究だ。それには、『身体性』が重要な意味を持ち、その上で運動と知能の相互作用によってシステムが成長していく。人間的な知能を支える身体性は人型の身体にあるとして、ヒューマノイドロボットを題材に柔軟な知的能力の実現を目指している。ただし、賢い振る舞いそのものをプログラムするのではなく、人が知的な振る舞いを発生する過程や、獲得し発達する過程を解明し、その成果を取り込むという逆の発想でアプローチしている。ここにコツと目の付けどころの視点が見えてくる。

 「人がある運動をするとき、何回トライアルしても、必ず同じパターンを取る瞬間がある。そのポイントだけ、きっちり同じになるようにロボットを制御してやると、確実にタスクは成功します」。ここがコツなのだ。加えて、他の人がそういう運動のどの振る舞いに最も注目しているかを探ると、コツの部分に無意識に着目していることがわかった。

 

 2007年3月末。國吉教授らは触覚を使って巧みに重量物を操作するヒューマノイドロボットを発表した。30kgの箱を抱え上げたり、66kgの重さの人型模型をわずかに浮かせながら水平移動ができることを示した。このロボットに人がモノを持ち上げる動作から学んだ知能が移植されているのは、言うまでもない。全身表面を発泡ウレタン樹脂でできた人工皮膚で覆い、この皮膚に1800点以上の触覚センサーを埋め込み、全身の協調作業で2本足ロボットとしては初めて従来の3倍もの重量物を抱き上げることに成功した。「重いものを扱えるということは、ロボットが実際に家庭に入り、介護や家事支援などに使われるようになったとき、きわめて重要なファクターになるものです」。

國吉研究室グループが開発したヒューマノイドロボット
國吉研究室グループが開発したヒューマノイドロボット
(66kgの人間に似た模型のダミーや重い荷物を、
触覚を巧みに使って持ち上げることに成功している)

 しかし、そのためにロボットを頑丈につくると、大きく重くなり、危険性が増す。できるだけ小型軽量にしたい。そこで、1個ずつは弱いモーターでも全身の力を巧みに協調させ、身体の重力や慣性も生かし、賢く使いこなして大きな仕事ができるようにしたい。また、人の近くで作業をするのだから、ロボットが予測できない状況に出くわしたとき、制御が破綻して危険な動作をしないようにしたい。こうしたことに対処するには、ロボットの動きをあらかじめ規定しておくのではなく、人や環境の状況に応じてその場その場で適切な動きを発生させ、変えていく必要がある。言い換えると、ロボットの振る舞いが“創発”し、適応し、学習する仕組みが必要だ。荷物で両手がふさがっていれば肩でドアを開ける、ベッド上の要介護者を動かすとき、膝をベッドの縁にあてて自分の体重とてこの原理で力を出すといったことが臨機応変にできる能力、これこそ、國吉教授が目指しているロボットの知能である。

 抱え上げロボットは、賢いロボットへのマイルストーンである。手足や体表面のすべてを覆う、柔らかい人工皮膚を開発したのも、ロボットが全身で周囲の状況を即座に感じ取り、反応できるようにするためだ。全身のあらゆる動きが感覚と完全に融合することで、今までのような“天下り”的に決められた動きとは、まったく違う行動を可能にするだろう。また、全身で1800点以上もの触覚センサーをつなぐには、膨大な配線数がネックとなる。これを独自の配線方式や、分散配置した超小型マイコンに集約し通信する方式などで、わずか数本の配線で行えるように工夫した。実装技術は、重量物の抱え上げ実験などと比べると地味な部類に入り、センサーの専門家もあまり重視していなかったが、全身で物に触りながら感覚し行動するという目的を達成するためには、絶対に避けて通れない課題だ。そこに光を当てているのは、基礎理論から実装技術まで一切迂回せずに、正面突破する國吉教授の姿勢をよく現している。

人の気持ちもわかるようになる…

國吉 康夫 教授

 「ロボットが人の気持ちを読み取れるようになったら、すばらしいと思いませんか」。介護を受けている人が、気持ちがいいと思っているのか悪いと感じているのか、何をしてほしいと願っているのかを理解し、意味のある行動を取れるようになると、真に人とロボットが共生する時代の幕が開く。人の心を読むのは最もむずかしいことだが、人とロボットの共生時代には必需になるかもしれない。そのためのウルトラCは、國吉研究室のキーワード“認知の創発と発達”の中にありそうだ。知能のひらめきはどこから生まれるのかを人の知能獲得過程から解明し、これら知能を人型に限らず、情報機能に特化したロボットなど、オリジナルな発想に基づく研究に生かしていく。そして、人の心を読む究極の目標に対しては、身体性、認知、情報処理などの総合力を駆使して迫っていく考えだ。

 日本はロボット研究の先進国。多くの蓄積を持ちながらも、実用化のシナリオを描ききれていない。「20年、30年経たないとできないかもしれないが、ほんとうに役に立つ、喜んでもらえるロボットをつくりたい」。多くのロボット研究者が夢を馳せる鉄腕アトムは、技術的ディテールにこだわっていた少年時代はあまり好きではなかったそうだが、今、改めて読み直していると言う。時代を超えても少しも色あせしない鉄腕アトムの中に、ほんもののロボットに結びつくヒントが潜んでいるかもしれないのだ。

國吉研究室

ISTyくん