情報メディア技術で心を豊かにする文化を築きたい
電子情報学専攻 苗村 健 助教授

誰も見たことも体験したこともない情報メディアを
ソフトウェアと光学設計の組み合わせで創出へ

 「これから10年スパンで取り組む研究ですか。それは情報技術があったから幸せになれた、情報メディアがハッピーにしてくれた、そういう技術を創り出したいですね」―。苗村助教授の目標をひと言で表現するなら、人の心を豊かにする情報メディア技術の創出にあり、これによって、安らぎのある文化を築いていくことだ。情報技術がかえって情報格差を生み、悪役などと揶揄されることだけはどうしても避けたい。これを視野に、従来の「競争を強いる技術」や「長生きさせる技術」から脱し、「切磋琢磨したくなる技術」や「長生きしたくなる技術」を目指している。

メディア・コンテンツと3つの研究軸

苗村 健 助教授

 それには理由がある。苗村助教授の所属する電子情報学専攻では、コンピューター・通信ネットワーク・メディア技術の3者が研究の柱になっている。これらを融合した技術分野は、ちょっと便利になるという度を超え、社会を変革し、文化を築くレベルに達している。そうした中で、これから望まれるものは何かと考えたとき、論文捏造、鬱、自殺、熟年離婚といった社会に広がってきた心の闇に、情報メディア技術で手を差し伸べていくことを思い立った。そのキーワードは3つ。メディア・コンテンツを「空間性・写実性」、「身体性・実体性」、「五感性・創造性」の3つの研究軸と絡めて、ソフトウェアと光学設計を組み合わせた新たなパラダイムの構築に取り組んでいる。

 苗村助教授のパソコンは、そうした映像がいっぱい詰まった玉手箱だ。具体的なアイデアをいくつか呼び出してもらおう。まず、カメラやレンズを平面状にたくさん並べ、空間を満たすありのままの光をまるごと撮影することで、その空間を自由に眺め回すことを可能にする技術だ。この手法を使うと、時間が経つにつれて徐々に失われていくモノ(赤ちゃんから芸術作品まで)のありのままの姿を、光のアーカイブとして記録することができる。これは、空間を共有するような通信システムの研究から生まれたもので、より高度な臨場感を伝達するうえで威力を発揮する。

 テーブルを囲む4人に異なる映像を提示するディスプレーはユニークだ。座る位置に応じて見え方が変化する1つのディスプレーを共有することで、コンピューターを使いながら隣人とのコミュニケーションを引き出していこうという試みだ。特殊なスクリーンに4方向から光を当てると、特定方向の光だけが選択的に「自分だけの映像」として目に届く。1台のカーナビ画面で、ドライバーには道路情報を見せつつ、助手席では映画を楽しめるようなシステムが発売されているが、それとよく似ている。「成果としては、私たちのほうが早かったのですよ」と苗村助教授。このディスプレーは、たとえば、風車の建設計画を立てるとき、風車を地図の上に置くだけで、風の流れを読む専門家には風の情報を、別の専門家には土地区画の情報を、といったように、異なる分野の専門家が共通の目標に向かって議論するのに便利だ。研究はもとより、ゲームやビジネスツールにもなりうる。

 この技術を発展させて、鏡の中に別の空間を映し出すインタラクティブアートもつくり上げた。ディスプレーの前に鏡を置くと、テーブル上の映像が、鏡の手前と奥で異なって見えてくる。この技術を使った「自分自身と戦うエアホッケーゲーム」は、NHKメディアアートの年間グランプリに輝いた。「アーティストとしては素人の立場で、あくまで科学技術者として挑戦したもので、先端技術とアートの組み合わせが評価されたのがとてもうれしい」。

若者に理系の世界の楽しさを実感してほしい

 音の世界にも布石を打った。ルーブル美術館のモナリザの絵の前にくると、「私はダビンチに描かれました…」とヘッドホンを通して、モナリザの口元から説明が聞こえてくる。モナリザの絵の周囲に超音波を飛ばして、超音波マイクを仕込んだヘッドホンをした人にだけ聞こえる音声に変換する。ヘッドホンをかけていない人には何も聞こえない静寂な空間を提供しながら、ヘッドホンをした人には、耳の中や頭の中ではなく目の前の絵画から声が聞こえてくる。音が絵画と人のコミュニケーションを深める役割を担う日も近い。

苗村 健 助教授

 新聞、雑誌などで使われ始めたQRコードにも着目している。「とても便利だが、QRだらけの目障りな世界にはしたくない」と新たな仕掛けを考えた。光の中に映像とビット情報を同時に載せ、人にはビジュアル映像しか見えない状況で、機械にだけビット情報を読み取らせるのだ。この技術は、情報理工が中心となって推進中の21世紀COEプログラム「実世界情報プロジェクト」が提案している、未来のリビングルームを実現するカギの1つになるかもしれない。人には見えないビット情報でロボットの制御が可能になるからだ。

 苗村研究室には、小学生から高校生までが見学に訪れる。「彼らに“こんな映像、見たことがない”という驚き体験をさせたい」。光などの物理現象を使い、ソフトウェアを付加することで、自分でも簡単につくれる、賢くつくれることを示し、理系の世界の楽しさを実感してもうらえるようにしたいと言う。

 情報メディアで幸せを感じ取れるようにする苗村助教授の試みは、始まった段階。誰も見たことも体験したこともない情報メディア技術も試作レベルながら、広告、CM、映画、ゲーム、エンタテインメントなど多くの分野で大きく注目されそうなものばかりだ。日本バーチャルリアリティ学会のアート&エンタテインメント研究会を昨年1月に立ち上げ、委員長として采配を揮っているのも、幸福感、安らぎなどを求めた活動の一環でもある。「多くの人に実体験してもらえるように、機会を捉えてデモ&展示を積極的に行いたいですね」。


テーブル型ディスプレー(左の段の中央)など、誰も見たことも体験したこともない数々の情報メディア技術が登場する日も近い
テーブル型ディスプレー(左の段の中央)など、誰も見たことも体験したこともない数々の情報メディア技術が登場する日も近い

苗村助教授
原島・苗村研究室

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