制御は“動きをデザインする科学”です
システム情報学専攻 津村幸治 助教授

システム制御理論で量子など新領域へ展開
汎用、個別それぞれの制御理論構築に挑む

 「制御は、動くものを思いどおりに操ること。私たちは“動きをデザインする科学”と位置づけています」―。クルマやロボットの動きを制御するのも、エアコンの設定温度を25℃に、体温を36℃に保つのも、対象は違っても制御という考えは同じと捉え、津村助教授は幅広く共通して使えるルール(制御理論)を見いだす研究と、文字どおり応用を絞った制御理論の構築を目指している。動きのデザインがどのようにして行われているのか、研究現場を覗いてみよう。

量子ビットのスピンの方向制御に ~量子制御~

津村幸治 助教授

 まず、応用を絞った制御研究は、最先端の量子コンピューターに見受けられる。量子コンピューターは、スーパーコンピューターが数千年かかっても解けない難問でさえも、わずか数十秒で解いてしまう。夢のコンピューターとして期待されているが、まだ原理実験の段階。この中枢に制御理論が主要な役割を演じる研究対象がある。

 量子コンピューターの心臓部は、計算などを行う量子ビット(キュービット)。その量子ビットを原子核や電子のスピンを使い、スピンの向きが上向きか下向きかで、1、0を書き込む方法がある。通常のコンピューターの素子では、1と0のどちらかの状態しかできないが、量子ビットの場合は、1と0を重ね合わせた状態で書き込める。量子ビットを20個用意し、20個すべてを重ね合わせた状態にして計算すると、何と2の20乗、およそ100万通りの計算を並行して行うことができる。だから、超々高速計算が可能なのだ。

 問題は、スピンが上向きか下向きかを調べないと、情報がきちんと書き込まれているかどうかわからない。ところが、何らかの手段でスピンの向きを観測すると、スピンはその方向を保っていないで、違った方向に変わってしまう。ここが量子系の機構を制御するのがむずかしいところだ。

 津村助教授は、スピンの観測のためにレーザー光(フォトン)を当て、その強さからスピンの方向や傾き度合い(角度)を推測する手法を想定している。これを量子フィルタリングといい、確率微分方程式で表すことができる。ここで推測した値を磁場の強さに変えてスピンに与えることで、その向きを変える(書き換えできる)ようにする量子制御の研究に挑戦している。いまではこの方程式を使い、スピンの角度情報に、ある関数を掛けることでスピンの向きを制御するシミュレーションには成功しているが、「理論的に制御できることを示したい」と理論確立に拍車をかけている。一昨年秋、外国の研究者がスイッチングによって任意の向きのスピンを、狙った方向に向けることを示したが、この方法では信号にノイズなどが乗り、精密な信号制御がむずかしいとみられている。津村助教授は、スイッチングを用いないオリジナルな方法で解決の糸口を探っているのだ。


量子制御の例
量子制御の例:量子フィルタリングを用いたスピン系のフィードバック制御

金融工学やシステムバイオロジー研究にも

 この量子ビットの研究は、制御理論を量子情報システム分野に活用した例だが、制御理論と情報理論を融合させて新しい汎用的な制御理論を見いだすネットワークド制御と呼ばれる研究も展開している。例えば、都市と離島をインターネットで結び、医療ロボットを遠隔制御して手術ができないかという次世代を見据えた高度医療のケースだ。これを実現するには、回線としては手術に必要なデータを間違いなく送れるだけの通信容量があり、都市側に置いたコントローラーには、データ処理を十分に行えるだけの記憶容量が備わっていることが条件になろう。

津村幸治 助教授

 コントローラーとロボット間のデータのやりとりで問題になるのが、通信回線の容量。これが確保されていないとロボットを制御するのに必要なデータを信頼性高く、安定して送れるかどうか不透明だ。この回線容量に関しては、その理論式が外国人研究者によって明らかにされ、答えが得られるようになったが、津村助教授は、回線容量ではなく、コントローラーが持つべき記憶容量にもスポットを当てている。最低の通信容量のときに、コントローラーを含むシステム全体が必要とするビット数は、いくらあればよいかを解きたいのだ。ロボットから入ってくるデータを1、0に符号化する装置と、1、0の意味を解釈して元に戻す装置、それにコントローラーのそれぞれの記憶容量を個別に弾き出すよりは、3つの装置をひとまとめにしたほうがシンプルになるとの考え方から、3つの装置全体のビット数を計算する数式を導き出している。「まだ、解といえるものではありませんが、確実に解に迫っています」。

 ここで見いだした記憶容量の制御理論を用いると、インターネット経由で家電製品を制御するのは自在だし、身の回りにある組み込み制御のCPUを搭載した電子機器の記憶容量が、性能とマッチしたものになっているかどうかもわかるという。これまで、マージンを取って10ビットで構成していたものが、8ビットで済むかもしれない。そうなると、製品価格の引き下げなど、企業にとって製品戦略を見直すことにもつながる。

 「制御って、応用はきわめて幅広いんです。量子や通信、生体など新領域への展開を目指そうとするとき、従来の単独の制御理論では間に合わなくなっています」。これまでの制御理論が答えを用意していなかった問題に対応するには、情報理論など新しい視点を融合した“システム制御理論”が必要になる。これを構築して、制御工学が絡む金融工学、システムバイオロジーなど次の研究にも生かしていくことにしている。 オリジナル理論で新しい道を拓くという伝統が息づいている東大の計数工学。その出身である津村助教授のモットーは、「問題の本質を見極める能力を身につけると、どんな研究にも対応できる」。次代を担う若い研究者に贈る言葉でもある。

津村助教授
原・津村研究室

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