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ちょうど9年前の1997年12月、日米同時公開された映画「タイタニック」。豪華客船の悲劇をラブストーリーとスペクタクルを交えて描いたこの映画、世界的に大ヒットし、1998年のアカデミー賞11部門を制覇した。大ヒットを裏で支えたのがコンピューター・グラフィックス(CG)。モーションキャプチャーによってつくられた自在に動くCGのエキストラが活躍していたのだ。モーションキャプチャーは、リアリティーに富んだキャラクターアニメーションを制作するのに有効で、「タイタニック」のCGキャラクターは、現実感を見事に描き出した。このキャラクターアニメーションなどの動きをロボット工学の側面から自動生成する研究を推進しているのが山根講師だ。
ロボット研究の中で、最も高度といわれる2本足のヒューマノイドロボット。多くの分野の研究者が開発にしのぎを削っている。歩いたり走ったり、あらかじめ決められた動きはできるようになったが、実世界で広く使うには、決められた動きだけでなく、環境の変化に応じて、多彩な動きができるようにしておきたい。ロボットの数十の関節を操り、「動き」を「行動」へと進化させる研究の一環として、山根講師は、人体の動きをモデル化し、その動きをロボットに応用する「ヒューマンフィギュア」の研究を展開している。視点は、ヒューマノイドロボットというハードウェアをつくることより、むしろ、ヒューマノイドロボットの動きに関する理論付けや計算手法、アルゴリズムの研究にウエートを置いている。これらを確立できれば、ロボットだけでなく、バイオメカニクス、CG、アニメーションなど広範な応用が期待できるという読みからだ。
山根講師がヒューマンフィギュアをテーマに選んだのは、東大工学部の学生時代に研究したパラレルマニピュレーターがきっかけ。パイロットが操縦訓練をするときなどに使うと、実際に近い加速度を体感できることから、フライトシミュレーターやクルマのドライビングシミュレーターなどに応用されているメカニズムである。この力学計算と制御についての研究を契機に、ロボットの動力学、運動の計算、高速制御研究へと進む。
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1998年から5年間、東大や阪大、京大など有力大学が協力して「ロボットの脳を創る」研究が科学技術振興機構のCREST(戦略的創造研究推進事業)で行われた。これに参加した山根講師は、ヒューマンフィギュアの力学計算と行動計測研究にトライし、新しいモーションキャプチャーシステムやリンク系の力学シミュレーション手法などを開発した。これらをもとに、産業技術総合研究所と共同で、ロボットが設計どおりに動いているかを、実機ではなくシミュレーションで検証するヒューマノイドシミュレーターに結びつけた。この手法は、ヒューマノイドロボットの動きに関する基幹技術として内外の学会で高く評価され、他の研究者グループがロボット開発に活用するとともに、CGアニメーション制作用ツールとしても実用化された。
「現在は、そういうモデルを一段と詳細につくり、バイオメカニクスや医療などに応用する研究を推進しています」。モーションキャプチャーなどによって得られた運動データを骨のレベルから筋肉や腱に広げるために、解剖学の教科書などを参考にして1000本もの筋と50個以上の関節からなる筋骨格モデルを構築した。このモデルづくりには、人の動きを高精度で計測する独自開発のメッシュマーカ・モーションキャプチャーシステムが使われた。光を反射するテープで格子状の服をつくり、この服を着た人に光を当てて格子の交点を読み取り、全身の動きを計測するものだ。新しい計測、計算方法を見いだしたことが、詳細な筋骨格モデル構築の大きな要因となった。このモデルをもとに、「中期的には、神経の診断からリハビリまで役立てられるように、患者にできるだけ痛みを伴わない非侵襲の手法を編み出したい。長期的には、神経モデルや反射モデルなどに結びつけたいですね」。山根講師は、将来の方向性をこのように示した。
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どこかの神経が何らかの傷で働かなくなった。そのために、神経につながっている筋肉が動かなくなり、運動に影響が出たという場合、筋肉にハリを刺して捉えた神経の電圧情報などによって診断しているが、その方法では痛みを伴う。これを非侵襲で行う研究を東大病院の神経内科と共同研究しており、近く臨床研究へと入る見通しだ。筋肉の動きとそのときの神経活動の推定から、どこが悪いかとか、この筋肉はあまり使っていないことなどがわかってくる。そうした研究から、将来的には筋肉や神経を人工の生体材料で実現する道につなげられるかもしれない。
東大情報理工が中心となり、産業界と連携して推進するIRTプロジェクトが動き出した。大学の研究でもあまり例をみない、最大10年に及ぶ大型研究で、ここでも山根講師の活躍の場は広がっている。
足の不自由な人が道路の段差のあるところでいったん立ち止まった。これを見て、周りの状況を判断しながら段差を乗り越えられるようにアシストし、行動するヒューマノイドロボット研究を進めたいと言う。これは、人を観察して、その人が何をしたいのかをロボット自らが理解し、行動に移すヒューマノイドロボットの頭脳そのものである。運動面からのスタンスは崩さず、人の脳からアプローチしている研究者とのコラボレーションも視野に、究極の目標であるロボットの脳を創る研究を柱に掲げる。「それができれば、応用の広がりは無限ですから」と言った表情がグッと引き締まった。
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