3次元CGの新研究領域を拓く
コンピュータ科学専攻 五十嵐健夫 助教授

動物、家など多彩なツールを用意
初心者でも楽しく簡単にCG作成

 まず、右の絵を見ていただこう。コンピューター画面上に描いたヘビに似たキャラクターを、人の両手の指が画面に触わりながら動かしている。その動きは実にスムーズだ。こんな芸当はこれまでできなかったが、それを可能にしたのは、“インタラクション・テクニック”の開拓者と呼ばれている五十嵐助教授。「空間を歪ませる従来のやり方では、実世界の物体をつかんで動かしているような効果を得るのはむずかしいのですが、2次元の形状を指で自由に回転したり移動したり、形を変えられる私たちの手法を使うと、実際の物体をつかんで操っているような感覚が得られます」

 コンピューターを一段と使いやすくする研究の一環として、五十嵐助教授は、3次元コンピューターグラフィックス(CG)を初心者でも楽しみながらつくることができ、かつ使えるようにするのを主眼にしている。この信念は学生(東大工学部計数工学科数理工学コース)時代から少しも揺るがない。「CGのためのインタラクション手法」の研究に視点を定め、ユーザーインタフェース研究を進めた。2000年、大学院(情報工学専攻)でこの研究により博士号を取得し、その後2年間、ポスドクとして米国ブラウン大学に留学するが、留学前の1998年にわずか数日、訪れたブラウン大学での遭遇が大きな転機となった。

研究人生を変えた逆転の発想

五十嵐健夫 助教授

 「3次元形状をコンピューター画面に表示するのに、彼らはいかにも人の手で描いたように表示しようとしていました。私は逆の発想をし、人が描いた図形をもとにしてコンピューターが3次元の図形を作り、表示できるようにする。そのほうがもっと効率よくできるのでは」。このヒントは、五十嵐助教授にとって、その後の研究人生の行方を決定する、啓示となった。当時は、思いのままに描いた線をきれいな直線に変える2次元図形処理研究が主体だったが、3次元図形処理研究の世界へと大きくジャンプするきっかけとなり、開発した2次元図形を3次元図形に効率的に変える手法(アルゴリズム)は、博士論文としても実を結ぶ。

 1999年にこの手法により誕生した第1弾のお絵描きテディは、その効果をまざまざと見せつけた。コンピューター上に手書きで2次元形状をスケッチすると、自動的に3次元形状に生まれ変わり、ペイントも自在。それまでむずかしいとされていた3次元形状のモデリングを劇的に革新したこの手法は、3次元CGの新しい可能性を開くものと高い評価が与えられた。

 テディを皮切りに、新たに創造した動物キャラクターに歩行やダンスなどの動きを加え、線を引いたりクリックしたりするだけで、家などの3次元モデルができるようにした。いわば、初心者が楽しく遊びながらCGを作成できる環境を作り上げたのだ。同時に、企業と共同でゲームソフトやパソコンソフトの製品化にもこぎつけている。アカデミックな研究よりも、産業・社会に貢献したいという持論は、着実に実践に移されている。

CGで人と人をつなぐ

五十嵐健夫 助教授

 「人と人がコミュニケーションするとき、絵を描いて説明したほうが好都合なことがあるでしょう。それにぴったりなんです」。一筆書きで画面上におむすびの形を描く。絵の線をつかんで上や右、左に図形を膨らませると、思いのままの形に早変わり。線の内側に陰影をつけると、3次元形状の出来上がりだ。この手描きの絵なら、例えば医者が患者に症状を説明するのにとても便利。精細度や情報量ではMRIやCT画像とは比べものにならないが、症状が出ている位置などをわかりやすく伝えられる。また、映画やアニメの本番用の3次元画像を作る際の下書きとしても効果を発揮する。

 高校の地理の授業にテスト的に使われている。山の等高線の概念を説明するのに、山にいくつか丸い円を間隔を空けて描いて上から見ると、急峻なところは円の縞模様が密に、なだらかなところは緩く表現できる。コミュニケーションの手段として、さらには教育のツールにもなり、科学を楽しみながら学ぶのに役立つ。パソコン教育の普及はフォローの風となりそうだ。五十嵐助教授は、この手法を動物のキャラクターから、家・建物、服の着せ替えなどへと対象を広げたように、光のデザイン、煙のデザインなど、自然現象の表現手段として拡大したいと今後の方向性を示す。

 五十嵐助教授は、2006年7月末、CGの分野で顕著な業績を挙げた若手研究者に贈られるACM SIGGRAPH Significant New Researcher Awardを受賞した。この賞、2001年から年間一人だけに贈られているが、米国研究者以外では初の受賞。日本人としてはもちろん初めてだ。絵を作る伝統的なグラフィックスと、コンピューターを使いやすくするインタフェース研究の中間領域を切り拓き、インタラクション・テクニックの最先端を行く業績が評価された。

 研究室ではアニメキャラクターの作成、花のモデリングなど、多様な研究テーマが動いている。ほとんどが学生らのアイデアだ。彼らには常に「独自の発想を」という注文を出している。この言葉には、自ら着想し、信念を貫いて新しい研究領域を拓いた五十嵐助教授の体験が色濃く映し出されている。体験が導き出した、五十嵐流の人材育成法と言えるかもしれない。

五十嵐助教授
五十嵐研究室

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