「列挙問題」って、意外に身近なテーマなんです
数理情報学専攻 牧野和久 助教授

消費者の購買行動を
数学的視点から導き出す

牧野和久 助教授

 「数理工学」― 一般には馴染みが薄いかもしれないが、情報コンテンツ、遺伝情報、脳科学、ソフトウェア、ロボットなど広範な応用が期待される学問領域だ。牧野助教授が専攻している分野は、離散数学、アルゴリズム論、最適化など。多彩な応用を支える基礎を担っているところで、その中身をひと言で表現するのはむずかしいが、実は、企業経営の効率化、改善などにも大きく貢献している。

 「秋刀魚を買う人は、大根も一緒に買う」。消費者ニーズをよく現している言葉だが、そこに「秋刀魚を安売りするときは、大根は通常の値段で売る」という情報が加わると、スーパーマーケットにとって重要な経営情報になる。これは、たくさんのデータから必要な知識を取り出すデータマイニングという手法が使われる。消費者の購買意欲をズバリ知りたいが、それは無理だから、「この商品とこの商品を一緒に並べておくと、買う人が多い」というような多くの組み合わせリストを用意しておき、その中から企業にとって最大の目的である最大の利益を上げられる「解」を見いだそうというときなどに用いられる。この可能な組み合わせを上げることを「列挙」という。

「数理工学は、むずかしい学問ではないんです。数式で書くと簡単に説明できるんですよ」と牧野さん 「数理工学は、むずかしい学問ではないんです。数式で書くと簡単に説明できるんですよ」と牧野さん

 牧野助教授は、離散列挙研究の中で、推論補完については2002年のAAAIのOutstanding Paper Awardを贈られるなど高く評価されている。「これは、結論がわかっているときに、その仮説を示せ」という問題だ。その心は、たとえを聞くと、なるほどと納得がいく。クルマが動かなくなったとき、なぜ動かなくなったのか。この結論に対し、エンストなのか、どこかが壊れたのか、原因を列挙するというもの。

 また、最適化手法もいろいろなところで役立っている。スチュワーデス、いまではキャビン・アテンダントと呼ばれることが多くなったが、成田からパリ、ロンドンを回ってニューヨークに行くフライトプランがあるとしよう。この中で彼らの休憩や休暇をどの時点で取らせるかは、健康管理とともに経営効率に結びつく航空会社にとって重要な経営問題である。最適化手法を駆使してコンピューター処理すると、経費を数%改善できたという。数百億円にも上る経費のうちの数%だから、その効果は大きい。

「理論研究」を貫く理論派

牧野和久 助教授

 「現象の本質をモデル化し、問題解決手法を創り出す」。これが数理工学の本来の目的で、産業界が解決を求めていることに解を与える学問だが、牧野助教授の研究スタンスはきわめて明確。アカデミック1本ヤリなのだ。「これまでに、企業と共同研究を行ったこともあり、問題解決のために実践するという重要性は十分に感じています。でも、若いうちは本質を追求できる理論研究に専念したい」という理論派だ。

 「数理に興味を持ったのは」という質問には、「なぜですかねぇ」と苦笑しながらも、返ってきた答えは、はっきりしていた。土台が崩れると、それまでやってきたことがすべて無駄になりかねないような分野よりも、「真理があって社会に役に立つ」という視点から数理工学を選択した。高校時代は物理にも興味を持ち、チャレンジする候補の1つに上げていたが、数理工学を京都大学で専攻し、大阪大学でも研究ライフワークの中心に据え、2005年10月に移った東大大学院でも、離散列挙や最適化、アルゴリズム研究にどっぷりと浸かっている。

 「特に、離散数学の問題はパズル的で、素人でも問題を理解でき、一見すると簡単な手法で解けそうに見えるが、実は解けないんです。そんなところが惹きつけられた、おもしろいと思ったところですね」。

 離散列挙の中の、もう1つの柱は論理関数の双対化。論理式が与えられたとき、表現の仕方に2つの式があり、一方の式からもう一方の式に変換することによって解を求める方法だ。これも例を上げてもらうと、「選挙や委員会で過半数を取ると勝てるといった場合、逆に、どういうやり方をすると勝たないようにできるか」というようなこと。ゲームの世界でも使われそうな手法だ。

超難問も解き明かしたい

 牧野助教授は、離散列挙問題に関して世界的なブレークスルーをもたらしたとして、第18回(2004年)の日本IBM科学賞が贈られた。「推論補完については、かなり理論付けが進んでいますが、双対化についてはまだこれから」と牧野助教授。

 将来の研究の方向について聞くと、双対化など、やりきれていない問題を攻めるのはもちろんだが、「米国のクレイ数学研究所が2000年5月に発表した7題難問の中の1つ、『P=NP?問題』にもアタックしてみたいですね」と笑いながら答えた。7つの超難問は、数理工学を攻める研究者にとって魅力ある大テーマ。1題解けば賞金は1億円。賞金の額が問題のむずかしさを物語っているが、その額よりも、難問を解くこと自体が研究者としての生きがいであり、誇りなのだ。

 もしもその解を見いだすことができれば、数学の世界の最高峰「フィールズ賞」が見えてくる。1936年の制定以来、日本人は3人の数学者に贈られている。資格は40歳以下の若手数学者。36歳の牧野助教授にとって、そのチャンスは、残された時間の中で超難問の解にどれだけ迫れるかにかかっている…。

数理第二研究室

ISTyくん