「いまなぜ、IRTプロジェクトですか」-知能機械情報学専攻の下山勲教授に聞いた。

少子高齢社会にマッチした多彩なロボットシステムをつくりたい

 東京大学と産業界が連携して動き出したIRTプロジェクト。日本が世界をリードするロボット技術とITを融合したこのプロジェクトの意義は何か。キーマンの情報理工学系研究科知能機械情報学専攻の下山勲教授に聞いた。

情報理工学系研究科知能機械情報学専攻
下山勲教授

――このプロジェクトで実現しようとしていることは何ですか。

下山 大学の技術シーズを、学術のままで眠らせたのではもったいない、社会にインパクトのあるものに具体化して提供していきたい。その観点から、東大のロボットに関するコア技術を企業に移転し、日本にとって大きな課題となってきた少子高齢社会に役立てる、そこが最大の目的です。その結果として、新しい産業を創り出したい。

――日本はロボット王国。産業用ロボットでは世界ナンバーワンの実力を持っています。ペットロボットブームを起こしたAIBO、2本足ロボットのASIMO、そして、楽器を演奏するパートナーロボットなど各種のロボットが登場している。研究開発は一段落した感じさえしますが、いまなぜ、このプロジェクトですか。

下山 たしかに、AIBOなどが果たした意味はきわめて大きいものがあります。でも、これらロボットを少子高齢化という視点から見た場合、まだ十分ではない気がしますね。

 私たちが根っこに置いているロボット技術は、自動車や家電、医療、アミューズメント、エンターテインメントなど広範な分野に使われるコア技術のことで、ヒト型ロボットや介護ロボットそのものを指すものではありません。東大が保有しているロボットデバイス、IRT制御などに関する広範な技術シーズと、モノづくりに長けた企業の技術力を融合させれば、介護を必要とする人たちだけでなく、健康な高齢者や子どもたちの行動をサポートする多様な製品群を提供できます。つまり、少子高齢社会を視野に入れたモノづくりが可能で、それは同時に、世界に対して少子高齢社会にマッチしたライフスタイルは何か、その答えを私たちが発信することになります。国際貢献の1つと言えませんか。

――でも、具体的に目に見えるモデルを示さないと、訴えることができませんね。

下山 研究期間は10年のロングランですから、3年後、5年後、10年後の節目ごとに研究開発ロードマップを描いています。研究開発群としては3つの柱(ヒューマノイド、社会・生活支援システム、パーソナルモビリティ)に沿って、食器洗い、ベッドメーキング、人混みの中でも安全に移動できるモビリティなどをつくります。パーソナルモビリティとしては、東大構内を自転車よりもやさしく走り回る1人乗りをイメージしています。

東大の知と異業種の技術を融合し
若い世代に豊富な新しい“知”を贈る

◆…『名誉教授の奥さまが手を骨折し、ベッドメーキングひとつとっても、一方の手だけでは不自由で困り果てている。必要なときに、ほんの少しだけ手助けしてくれるようなロボットでもあれば』。下山さんに寄せられた、ちょっとしたひと言が、プロジェクトを後押しする強い力になった。「これでふつうの社会生活ができるとか、自律した生活ができるようになると、どれほど素晴らしいことか」…◆

――研究の仕組みに特徴があるようですね。

情報理工学系研究科知能機械情報学専攻
下山勲教授

下山 ロボットシステムは総合技術ですから、大企業といえども1社では到底無理。多くの企業の協力がなくてはできません。また、ロボットはコンテンツを乗せるメディアの役割を果たすので、コンテンツをどう埋め込むか、遊び心をどのように表現するかなどを考えないと。そうすると、センサー、コンテンツ、画像処理、デジタル技術、制御といった多彩な技術を集約しないと実現できないのがわかりますね。

 私たちが研究開発する家事手伝いロボットやモビリティシステムは、東大のコア技術をもとに、企業のアイデアを積極的に導入して実現していく。企業という枠を超えて異業種の特異技術を融合してはじめて、使いやすさ、斬新さ、ユニークさ、低価格が可能になると考えています。この研究スタイルが従来にはなかったところです。参加した企業の業種がバラエティーに富んでいるのも、そうした理由からです。

 事業化が進めば、独自技術を持つ中小企業などが新メンバーとして加わり、オールジャパンの体制で自動車やコンピューター産業に匹敵する新産業を創出することも決して夢ではないでしょう。私たちはいま、その芽を見いだしたところです。

◆…「ロボットは社会学なんです」と下山さん。ロボットって実際に使えるの、ロボットによってケガをさせられたとき、その責任はどこにあるの、人とロボットがほんとうに共生できるの-ロボットには、多くの未整備の課題がある。ロボットが生活の中に本格的に入ってくると、無視できない問題である。ここに風穴を開けて道筋をつけるのがIRTプロジェクトだ。東大では情報理工学系研究科が中心となって企業と協働でモノづくりを先行させるが、近いうちに社会学、心理学、法律の専門家なども加わり、「オール東大」で未整備の問題を総合的に研究する場に発展する。総括責任者の小宮山宏総長は「何としても成功させたい」とキッパリ。

 もう1つ、このプロジェクトを通して、メカトロニクスやソフトウエアなどIRTについて高度な技術、知識を持つ、すぐれた人材の輩出が期待される。彼らが少子高齢社会に求められる答えを導き出し、新産業の創出や国際貢献の橋渡し役を担うことになる。「私たちの後を引き継いでくれる若い世代に、そのベースとなる幅広い“知”を残したい」。IRTプロジェクトに挑む下山さんの答えが、ここにあった…◆


下山・松本研究室

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