米澤教授にアジアで初の「ダール・ニゴール賞」
オブジェクト指向技術の理論と実践を高く評価

 コンピュータ科学専攻の米澤明憲教授に、オブジェクト指向技術に多大な貢献をした研究者・実践者に贈られる国際的な賞「ダール・ニゴール賞」が授与されることになった。この賞は、国際オブジェクト技術協会(AITO)より贈られるもので、米澤教授が1970年代半ばに世界で初めて提唱した「並列オブジェクト」という理論とその実践研究が高く評価された。日本はもとよりアジアの研究者に贈られるのは米澤教授が初めて。19日、本郷キャンパスの工学部11号館講堂で行われた記者会見で、「長年にわたって展開してきた研究が高く評価されて、とても嬉しい。一緒に研究してくれた、すでに国際的にも高い評価を受けている多くの元学生さんに深く感謝したい」と喜びを語った。受賞式は7月10日、キプロスで開催される「ヨーロッパオブジェクト指向会議 2008」で行われ、同日、米澤教授による受賞講演も予定されている。

 コンピュータソフトウェアにおいて、一般的なアプリケーションや、Web用アプリケーションソフトウェアを開発するための方法論やモデルは多数あるが、その中で、現在世界標準になっているのが「オブジェクト指向」。データとそのデータを使う手続き群をひとまとめにしたオブジェクト(部品の1つの形式)を組み合わせて、ソフトウェアを開発するのがオブジェクト指向ソフトウェア開発。1980年代から革新的技術としてソフトウェアの生産現場で使われるようになり、産業界でオブジェクトをベースとするC++、Java、Rubyなどのプログラミング言語が広く使われ始めた。

 米澤教授は1973年に米国MITに留学、多数の計算機を接続して同時に使用する並列・分散処理方式が次の時代の計算処理を担うと予見し、「並列オブジェクト」の概念を提唱した。これは「オブジェクトと仮想CPUを埋め込んだもの」で、何万ものCPUが互いに接続され、並列・分散計算を並列計算機で統一的かつ高速に行うという環境を想定してソフトウェアシステムを構築するのに有効なモデルとなった。この理論はスーパーコンピュータを動作させるプログラミング言語の基礎となり、1980年代から90年代にかけて、「並列オブジェクト指向計算」という技術分野を確立した。この先駆的功績により、米国計算機学会(ACM)より1999年に終身フェロー(ACM Fellow)の称号を受けている。

 同技術は、科学技術計算、自然言語処理など広範な分野の発展に貢献しており、並列オブジェクト概念のパイオニアとして、この理論を基礎にしたプログラミング言語の研究、オンライン仮想世界で大規模に実用させる道を拓いたことが高く評価され、今回の受賞となった。この並列オブジェクトがネットワーク上を自分で移動できるモバイルオブジェクト言語(JavaGo言語)の設計、実装にも成功している。

 並列オブジェクト技術は、今日、100万人を超えるユーザー・参加者を持つ「Linden Lab」のオンライン仮想世界「セカンドライフ」に用いられている。ユーザーが参加することで成り立つオンライン3Dの仮想世界に登場する数百万個もの「モノ(オブジェクト)」や「登場物」を、並列オブジェクトによってプログラムしており、これらはメッセージをやり取りしながら協調し、かつ独立して動作している。いわば、社会基盤となっているインターネットやネットワークシステムなどで複雑な計算処理を行うソフトウェア開発に幅広く活用されている。このセカンドライフの実行基盤の内部では、米澤教授らが提案した「JavaGo」と同様のプログラム変換技術が使われている。

 ダール・ニゴール賞は2004年に創設され、オブジェクト指向技術に多大な貢献をした研究者・実践者1名と若手研究者1名に贈られる。2008年の今回で4回目。ダール(Dahl)教授とニゴール(Nygaard)教授は、1960年代からオスロ大学で情報科学の教育研究に従事し、1967年に「オブジェクト指向技術」のいくつかの概念の起源となるアイデアを組み込んだ、シミュレーション記述用プログラミング言語Simula67を開発。この功績で両氏はコンピュータ科学のノーベル賞に相当する、「チューリング賞」を2002年に受賞している。

ダール・ニゴール賞の受賞者は次のとおり。

第1回 2005年: Bertrand Meyer (スイス工科大学)
第2回 2006年: R. Johnson(イリノイ大学)、E. Gamma, R. Helm、 J. Vlissides (IBM研究所)(共同受賞)
第3回 2007年: Luca Cardelli (マイクロソフトケンブリッジ研究所)

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