量子ビットの生成保持へ新しい量子制御理論を構築
システム情報学の津村准教授が応用の可能性を示す
量子スピン系のフィードバック制御による安定化を証明

スピン系のフィードバック制御 量子フィルターを用いて量子状態を推定する。特に今回、赤枠部分内の安定化できる量子スピンの状態の自由度が増えた

 システム情報学専攻の津村幸治 准教授は、量子コンピューターの心臓部となる量子ビットの動作をフィードバック制御する新しい方法を提案した。「1」「0」の情報を表現する原子や電子の量子スピンを光で観測し、観測結果を磁場の強さに反映してそれらに与えることにより、スピンの上向き、下向きのどちらにも自由に変えて制御できることを示した。従来、示されていたスイッチングで制御する方式と比べて(1)制御系が簡単になる、(2)ロバストで実用的といった利点がある。

 量子コンピューターは、たとえば、原子のスピンの上向きか下向きかにより情報を表現することを想定するが、その場合、スピンが上を向いているか下向きになっているかをきちんと把握し、所望の向きに操作し保持しなければならない。そのために欠かせないのが、スピンが上向きか下向きなのか、傾きも含めた量子状態の観測である。 津村准教授はレーザー光で観測する方法を採っている。まず原子にレーザー光を当てそれらを相互作用させる。影響を受けて通過してきた光を測定し(弱測定と呼ぶ)、その履歴を保存する。この履歴から、スピンが上向きなのか下向きなのか、どのような角度なのかの量子状態が推測できる。これを量子フィルタリングと呼ぶ。ここで推定した量子状態をもとに、原子にかけられた磁場の強度を変えることによって、きちんと「1」を記憶するようにスピンの角度を修正し、所望の量子ビット状態を安定化させるという手法である。

数値実験 ρは量子スピンの密度行列を表す。ρoは初期状態ですべてのスピンの向きが揃っている状態、ρfは制御の目標状態で、スピンが1つだけ逆方向となっているものとした 量子状態の遷移(目標状態への収束) フィードバック制御をかけた場合の数値シミュレーション。時間とともに量子スピンが目標状態へと近づいている様子がわかる

 スピンを操作する、つまり「1」、「0」を書き込むのに、フィードバック制御が可能なことを示した成果としては、外国に例がある。スイッチの切り替えによって、原子集団のスピンの任意の基底状態に制御する方法である。これは、推定している量子状態が、ある範囲を超えた場合、スイッチを切り替えるように別の制御則に変えるというやり方。幾何学的にこうした方法でないと、量子状態のフィードバック制御はできないのではないかと考えられていたが、津村准教授は、スイッチングを用いなくとも、連続信号によるフィードバック制御が可能なことを証明した。これまでの研究で、たとえば、原子集団のすべてのスピンの向きを上向き、あるいは、下向きに制御することは示すことができていたが、新たな制御則(数式)を考案し、それによってスピンの任意の基底状態、つまり上向き、下向きの比率を選べるようになった。

 今回の研究は、必ずしも量子コンピューターの基本となる量子ビットの開発が目的ではなく、そのような量子状態をいかに生成し、安定に保持できるかを制御理論の観点から追求した基礎理論である。フィードバック制御が量子ビット生成保持に具体的に寄与することを示した成果として注目される。

ISTyくん