頭の中で考えたとおりに車イスを動かす
ラットを用いたBMIシステム開発に成功
満渕研究室、実際の動きと同期を実現

 頭の中で考えたとおりに車イスを動かすことができれば、手足の機能をなくした人でも車イスに乗って行動できる――。システム情報学専攻の満渕研究室は、ラットを使った「RatCar」の研究を通して、そうしたシステムの実現の可能性を探っている。ラットの脳内の右に行きたいと思ったときの信号、左に行きたいという信号(行動パターン)を計測し、その行動パターンを車イスに伝える機構を車イスに積んで実験を行ったところ、実際のラットの動作と同様に車イスを動作させることができた。RatCarシステムを構築できれば、車イスや義手など福祉機器開発の基盤技術になるとともに、脳科学全般に新しい知見を提供することになる。

 この研究は、計測した脳の情報をもとに機械を制御するBMI(ブレーン・マシン・インタフェース)研究の一環で、満渕邦彦教授、博士課程の深山理さんらのグループが取り組んでいる。深山さんは、タングステン線の電極を一直線上に4本ずつ束ねた針を製作、ラットの左脳、右脳の大脳皮質運動野に刺して、その活動状況を計測した。神経の活動はスパイク状の信号として現れるが、1本の電極から1個の神経細胞の信号が取れるとは限らない。電極は直径50μm、神経細胞は10μmオーダーと、電極のほうが大きいため、計測した信号には複数の神経細胞の信号が含まれている可能性が高い。そこで、神経スパイクの大きさに応じて分類を行い、細胞ごとにスパイク発生の頻度を計算した。RatCarシステムの目標は、ラットの歩行速度、方向変化に応じた運動野の活動を計測し、両者の対応関係から車イスの動作モデルを開発することにあるため、神経発火パターンとのマッチングによって、この種の信号情報を取り出している。

 歩行速度は、ラットが車輪の中を歩いたときの早さ(車輪の回転速度)から計測し、方向変化については、Y字形の経路を用意し、ラットが左や右に行ったときの計測信号から推定した。これらの情報は何回か計測して得た値の平均値を基にしてモデルを構築した。今回は、このモデルを発展させ、Y字形などの規定した経路から一歩踏み出し、広い自由な道路を歩き回らせたときの発火の変化パターンなどを計測したところ、ラットが歩く方向を左右に変化させるのに同期して、推定された車体の移動方向も同様に変化した。また、ラットが止まっているときには車輪も停止し、ラットが動き出すと、車輪も動き出すことなど同期が取れていることを確認している。「ラットの動きを車輪側に伝えるこの仕組みを車イスに搭載すると、ラットの意図に沿って動く車イスができる」と深山さんは予想している。この研究をもとに、将来的には四肢麻痺など手足の機能をなくした人が思いどおりに動かせる車イスへの展開を図る考えだ。

 課題はある。モデルの構築には多数回計測した平均値を用いているが、それが継続して使えるわけではない。計測する神経細胞が同じ状態ではなく、時間的な変化に伴う活動の変化など、さまざまな変動要因がある。あるラットでうまくいっても、他のラットでそうなるとは限らない。言い換えると、再現性の確保と、長期間安定して神経信号を計測できる電極の信頼性の向上が欠かせない。これらの課題克服にも挑戦中である。

 神経信号を計測するのに、電極を刺す方法ではなく、脳の表面から電磁気的な方法でつかむことも試みられているが、極めて多くの細胞からの影響を受けるため、どうしても情報がぼやけてしまう。より安全に電極を置く技術も進んでおり、「より多くの情報が得られる電極を使った方法で追究したい」と深山さん。RatCarシステムは、BMIモデル第1弾となるものだけに、これからの研究に期待がかかる。

ラットカーのコンセプト。脳から発せられる運動指令信号を計測し、体の代わりに車イスなどの機械を動かす
ラットカーのコンセプト。脳から発せられる運動指令信号を計測し、
体の代わりに車イスなどの機械を動かす

ラットの歩行推定装置。トレッドミル上を歩行するラットの移動速さ・方向と、その際の神経信号を同時計測する ラット自身の歩行による移動と、同時に神経信号から推定した車体の移動を比較した
ラットの歩行推定装置。トレッドミル上を歩行
するラットの移動速さ・方向と、その際の神経信号を同時計測する
ラット自身の歩行による移動と、同時に神経信号から推定した車体の移動を比較した

 

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