細胞分裂装置「紡錘体」に2つの力学特性
早大・東大・米ロックフェラー大が初めて計測
MEMS力センサーと蛍光顕微鏡を使い成功

紡錘体の蛍光顕微鏡画像

紡錘体の蛍光顕微鏡画像

  早稲田大学理工学術院の板橋岳志講師と石渡信一教授は、東京大学情報理工学系研究科の下山勲教授、米国ロックフェラー大学のTarun Kapoor(カプール)教授らと共同で、染色体を正確に2分裂させるタンパク質集合体である細胞分裂装置(紡錘体)の力学特性を世界で初めて明らかにした。MEMS力センサーと蛍光顕微鏡を同時に駆使したもので、アフリカツメガエルの卵から取り出した数十μmの紡錘体を細胞外で形成し、それを直接顕微操作して定量的に顕微解析した。その結果、紡錘体は変形を引き起こす負荷が小さいと粘弾性的な性質を示すが、負荷が大きいと大変形して塑性的性質を示した。しかし、一度塑性変形した紡錘体が、もとの形態と安定な内部構造を自発的に再構築することを突き止めた。

 この手法は、厳密に遂行する必要がある染色体分配の動作・制御の運動力学メカニズムの解明に有用であるだけでなく、細胞核などの細胞内小器官や、細胞自体、生体組織などの生体超分子集合体への応用が期待される。 

 MEMSデバイスは、半導体技術を用いて製作したマイクロ(10-6)メートルオーダーのデバイスで、使用したMEMS力センサーは数百pN(ピコ・ニュートン)の力分解能で計測する能力があり、その原理はロボットの触覚センサーにも応用されている。今回の研究は科学研究費補助金の支援を受けて実施された。この成果は論文「Probing the mechanical properties of the vertebrate meiotic spindle(脊椎動物の減数分裂紡錘体の力学特性を探る)」として、国際科学雑誌「Nature Methods」(2月号)に掲載される予定。

 筋肉、内臓、脳などから成る人の体は、たった1個の受精卵から始まり、遺伝情報を集約する染色体が、細胞分裂のたびに娘細胞へと1本たりとも間違えることなく正確に受け継がれることによって出来上がっている。染色体の分配に狂いが生じると、重篤な疾患やがんの悪性化など様々な病気の原因となり、この染色体を正確に2分裂させるタンパク質集合体が紡錘体。紡錘体は、配列した微小管から成る細胞骨格や、微小管の上を歩行する何種類ものモータータンパク質群、それらのタンパク質の活性を制御する多数の制御タンパク質群によって構成されている。

 細胞分裂の研究では、近年の遺伝子操作技術の発展により、紡錘体の形成に重要なタンパク質が数多く同定され、それらの機能も急速に明らかにされつつある。早大・東大などの研究グループは、紡錘体に様々な力学的負荷を加える顕微操作を行うことによって、紡錘体の力学特性(硬さや変形)と形態制御メカニズム(負荷に対する応答)を物理的側面から解明しようと試みた。具体的には、アフリカツメガエルの卵から取り出した細胞質溶液を用いて、本来細胞の中で起こる染色体分配の現象をスライドガラス上に再現し、MEMS力センサーと蛍光顕微鏡を組み合わせることで、紡錘体を直接操作する実験系を構築した。このMEMS力センサーは、長さ200μm、幅30μm、厚さ0.3μmの薄膜構造に加えられた力を計測する能力があり、紡錘体が変形する際の微小な力を計測することが可能となった。これにより、紡錘体が粘弾性的な性質や塑性的性質を示すことがわかった。

 紡錘体に見られるように、他の様々な細胞内小器官や細胞も、外部から受ける物理的な擾乱や環境変化に対してダイナミックに応答し適応できるメカニズムを内包していると考えられており、本研究で確立されたミクロ力学操作・計測手法は、広く生体超分子集合体の研究に応用されると期待される。

ISTyくん