世界最高水準の高度IT人材、育成へ布石
― 「ITスペシャリスト」のシンポジウムから ―
全国8拠点、産学連携の実践効果明らかに

 次世代のIT社会を支える人材育成を目的に、全国8拠点で「先端的ITスペシャリスト育成推進プログラム」(文部科学省のプロジェクト)が展開されている。日本が産業の国際競争力を維持、発揮するには、高度な専門性を持つIT人材の育成が急務で、学界、産業界の双方から効果的な育成策が求められている。この目的に沿って、2006年度から産学が大連携し、世界最高水準のIT人材を育成するプログラムが実施された。このほど(6月23日)、東京大学で8拠点によるシンポジウムが開かれ、先進的な成果輩出へ順調に動いている。各拠点の状況をシンポジウムから拾って紹介する。


* 筑波大学・電気通信大学・東京理科大学

筑波大学・電気通信大学・東京理科大学

 システム情報工学研究科コンピュータサイエンス専攻の定員の一部を切り出して、「実践的ソフトウェア専修コース」をスタートし、エンタープライズ系人材、組み込みソフト系人材の育成を目指している。実績は、2007年度23名、2008年度23名。修士論文をオプショナルとして、十分なコースワークを行う(通常の30単位に対して50単位必要)。

 基本的なスキルを習得する科目では、講義と実習を一体化している。ソフトウェア開発プロジェクト型科目では、企画設計をPBL型チーム演習として実施。 また、夏季期間中のインターンシップでは、平均実習日数25.2日の高度な実施内容を行っている。授業計画については、経団連派遣の講師、大学教員、学生による合宿形式の検討会も行っている。

 一期生23名のコンピテンシースキルをコース実施前と実施後で計測したところ、コースで取り上げた内容に関して、顕著な差が見られた。連携企業の人事採用担当者が成果発表会に参加した際のコメントとして、「きわめて実践的な学習をしていて、コースの学生は相当高いレベルに到達している」との評価を得ている。


* 東京大学・東京工業大学・国立情報学研究所

 本プログラムでは、開発統率力を備えつつ、世界に発信できるソフトウェア創造ができる人材の育成を目標としている。プログラムは、(A)基礎力を養成する実践基盤コース、(B) 開発力を養成する先端スキル開発コース、(C)創造力を養成するソフトウェア開発実践コースからなる。(B)は、さまざまな専攻の学生が履修できるように集中講義形式で開催する。座学が20%、ノウハウの修得が30%、ノウハウの実践が50%と、きわめて実践的な講義となっている。(C)は、教員・企業技術者・学生が提案したテーマによるプロジェクトで、博士課程を含む複数人によりソフトウェアを開発する。工房で育成された者が、自ら後進を指導することを通して、より高い見識を持つ技術者に成長するという人材育成環流の理念に基づき、(B)+(C)を「情報理工実践工房」と呼んでいる。

 昨年度末、シリコンバレーでの海外研修、通称「西海岸武者修行」を実施した。Sun MicroなどのIT企業の技術者、Stanford等の大学院学生との議論を通して、西海岸で勝負できるという大きな自信を得た。


* 名古屋大学・南山大学・愛知県立大学・静岡大学

名古屋大学・南山大学・愛知県立大学・静岡大学

 産学連携により教育を行うOCEAN (On the job learning Centered Education for Advanced engiNeers) と名付けたコースを行っている。特徴は、OJL (On the Job Learning) という新しい教育スタイルであり、1年目が終了した。これは、PBLを基礎として、OJTを改善したものである。現実規模のプロジェクトを1 年半程度かけて体験させることを通し、メタ技術 (基底技術を選択・統合することで、直面する問題に適した手法を生み出す技術) の展開力を向上させる。この成果をもって、(論文なしで) 修士号を認定している。

 企業からのプロジェクトマネージャーと、大学教員が密接に連携することで、プロジェクトごとの成果に偏りの少ない教育を提供している。1期生25名の1年目が終了し、2期生36名の1年目が開始された。これらの学生を対象に、SWEBOK、SEEKを参考に知識調査を実施したところ、1期生の得点は2期生の得点を大幅に上回り、教育成果が確認された。


* 大阪大学・京都大学・高知工科大学・奈良先端科学技術大学院大学・兵庫県立大学・立命館大学・和歌山大学・神戸大学・大阪工業大学

大阪大学・京都大学・高知工科大学・奈良先端科学技術大学院大学・兵庫県立大学・立命館大学・和歌山大学・神戸大学・大阪工業大学

 コースは、IT Spiral と名付け、中長期にわたり世界的なレベルで活躍できる人材の育成を目的としている。基礎力、適用力、実践力を育成するため、(A)基礎科目、(B)先端ソフトウェア工学科目、(C)実践ソフトウェア開発科目を設けている。(A)は、各大学の既存の講義、(B)では、共通ビデオ教材を作成し、計12巻60講義分が完成した。(C)は、企業から派遣された講師による実践的なソフトウェア開発の講義と演習。

 9大学の学生が1ヵ所に集結し、グループ演習を行った。85 名の希望者のうち、42名が受講。ソフトウェア工学の知識に関するテストは、1年間で平均点が向上、また、大学間の差が小さくなり、学習効果が確認された。アンケートでも、良好な結果が得られている。教材開発にも特色があり、企業と協働して開発を行い、和歌山大学教務システム開発について、納品させた全プロダクト・データをベースに教材化を行っている。これにより、学生は、本物に接して現実の開発プロジェクトを理解することができる。


* 九州大学・九州工業大学・熊本大学・宮崎大学・福岡大学

九州大学・九州工業大学・熊本大学・宮崎大学・福岡大学

 イノベーションを引き起こすICTアーキテクトの育成を目的にQITOプログラムを行っている。在籍学生数は、2007年度49名、2008年度38名。段階的PBLを行うのが特徴。1年前期でシステム開発型プロジェクト、後期で問題解決型プロジェクト、2年で発展応用型プロジェクトを経験し、修士論文が本プログラムの集大成となる。この間、1年次夏季には、1-2ヵ月の長期にわたるインターンシップが行われる。

 実施した結果、企業側からの評価はおおむね良好で、スキル充実度も高く評価された。学生側からも、インターンシップは有効で、コミュニケーション能力の重要性を認識したとの反応がある。東京において、経団連参加企業、当拠点および筑波大学の教員・学生による交流会も実施している。産学連携については、企業からの教員によるオムニバス形式の講義、および企業派遣の常駐スタッフを特任教授・准教授として受け入れている。アドバイザリー委員会、運営委員会、合同合宿などを通して、産学の意思疎通・認識の共有が実現できた。


* 慶應義塾大学・早稲田大学・中央大学・情報セキュリティ大学院大学

慶應義塾大学・早稲田大学・中央大学・情報セキュリティ大学院大学

 研究プロジェクト科目、プログラム科目、インターンシップ科目、修士論文指導からなる。唯一私立大学による拠点であり、連携組織にはオープンソースソフトウェアを開発するNPOであるMozilla Japanも含まれている。当拠点の「先端ITスペシャリスト育成プログラム」では、インフラからWeb2.0の次を創出できる人材の養成を目指し、参加5研究科で、毎年30名を育成している。修士号のほかに「先端ITスペシャリストサーティフィケート」を授与する。

 カリキュラムは、ソフトウェア創造開発を実践するもので、基礎力を養成するプログラム科目、インターンシップ科目、合同で設置し、全員参加型合同レビューを含む研究プロジェクト科目からなる。2008年度の新しい試みとして、先端IT特別講義、先端IT特別演習がある。前者は、参加企業・NPOから一線で活躍する講師による講義で、学生は遠隔講義システムを利用して受講する。後者は、インターンシップと連動した学生参加型の研究プロジェクト科目で、プロジェクトチーム内での一連のPDCAサイクルを体験することで、実践力を集中的に育成するものである。


* 奈良先端科学技術大学院大学・京都大学・大阪大学・北陸先端科学技術大学院大学

奈良先端科学技術大学院大学・京都大学・大阪大学・北陸先端科学技術大学院大学

 コースは、IT Keysと呼ばれる。情報セキュリティ対策の立案遂行を主体的に実施しうる実務者の育成を目標とした、1年間のプログラムである。CIO/CSOあるいはその補佐としての能力を発揮することのできる、工学だけではなく、法律・政策・経営もわかる人材の育成を目指す。大学院修士課程の学生として入学することが困難な社会人にも門戸を開いている。

 (A)基礎科目群、(B)先進科目群、(C) 実践科目群からなる。(A)は、各大学院または遠隔授業および授業アーカイブで履修する。(B)は、情報セキュリティに関する最新知識のほか、法律・倫理・経営などの実務に関する知識を学ぶ。学生が集結して学ぶことにより、人的ネットワークの形成と、結束力の強化を図る。大学教員のほか、企業、官庁、法人の第一線で活躍する講師が担当する。(C)は、合宿形式の実習であり、セキュリティインシデントを繰り返し体験することで経験を蓄積する。現場での実践的知識が得られ、実務現場で重要となる勘を養成する。


* 情報セキュリティ大学院大学・東京大学・中央大学

情報セキュリティ大学院大学・東京大学・中央大学

 高度情報セキュリティ実践リーダーおよび高度情報セキュリティ研究・開発者の育成を目指し、(1)研究指導、(2)プログラム講義科目、(3)実験・実習科目からなるプログラムを行っている。(1) では、情報セキュリティに関する6つの研究分科会の1つに所属し、横断的な水平ワークショップに参加する。(2)では、遠隔授業システムにより、他研究科で実施している講義も履修が可能。(3)には、連携企業との1ヵ月程度のインターンシップ(10月に報告会を予定) 、年数回の現場見学会、年度末の全体シンポジウム、学内での実習が含まれる。これにより、セキュリティに関する実践的な知識と技術を身につける。本プログラム参加学生は、大学院入試合格者中の参加希望者から、あらためて適性を審査して選抜される。

 また、融合型高度研究開発環境による人材育成も目指し、実務家、研究者が参加する研究会を開催し、学生を参加させている。現在、各大学合計で61 名の学生が参加。うち、20名はインターンシップの参加。修了した学生には、修士号のほか、ISSC (Information Security Specialist Certificate) が授与される。

先導的ITスペシャリスト・シンポジウム

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