誰でも使える超高速スパコンと通信環境を構築したい
創造情報学専攻 平木 敬 教授

『ペタ』フロップス級マシン開発で世界をリード
ゼタ級マシンでほんものの人工知能目指す

平木 敬 教授

 「コンピューターも通信も速くないと、研究者はもとより、一般の人だってハッピーになれない。だから、ボクは速さを追求します。目標はともに世界一」。平木教授のターゲットは具体的でわかりやすい。すでに、1秒間に1000兆回もの速さで計算する『ペタフロップス』級スパコンの開発と、10Gbpsネットワークを使いこなすメドをつけた。いずれも世界で初めてである。この両方を結びつけて超高速新時代の扉を開きつつある。速さにこだわるのは「情報にとって速さは、私たちが使う“お金”と同じ」だからだ。2030年ごろにはペタの100万倍の速さの『ゼタ(10の21乗)フロップス』級スパコンが登場すると予想し、そのロードマップも描いている。なぜ、これほど速いスパコンを待ち望んでいるのか。「科学を確実に進歩させるのに欠かせないからです。ボクはそのマシンを使って、ほんとうの人工知能を創りたい」。今回は、“速いことが善”という想いに裏打ちされた平木ワールドへ招待しよう。

研究室で高速化の威力を実感してほしい

 「GRAPE-DR」。平木教授が国立天文台の研究グループと共同開発中の超並列スパコンである。1チップで512ギガフロップスの動作実験に成功、2008年度末までに目標としている、2ぺタフロップスの演算速度を持つ超並列計算システムの実現に大きく前進した。同システムを動かすソフトウェアも準備し、データ通信速度は40Gbpsと次世代ネットワークに置いている。1975年、米国で産声を上げたスパコンの第1号「CRAY-1」は、1秒間に1億6000万回(160メガフロップス)の演算ができた。以来、スパコンの演算速度は「メガ」から「ギガ」、「テラ」へと高速化し、30年間で性能は230万倍もアップ、現在の最高性能は1秒間で400兆回に迫る。そして、新たに「ぺタ」のページを開こうとしている。それぞれ1000倍の速さで世代交代を促してきたが、平木教授は「ぺタ」時代の先陣を切っている。

 「ぺタ」の速さになると、何ができるのか。ライフサイエンスや天文学、ナノ科学、気象、地球環境など、これまでわからなかった科学技術分野で起きる現象を解明したり、航空機、自動車などの設計に役立つ。重要なのは、実験に先立ってモデルによるシミュレーションを行い、その結果を実験に反映させる、つまり、シミュレーションと実験科学を一体として活用する時代を演出できる点にある。このため、ぺタマシンは日米で開発競争の真っただ中。日本では理化学研究所と企業3社が国家プロジェクトで共同開発を進めている。2011年度の稼働を予定している次世代スパコンの性能は10ぺタ(京速)。1000億円を超える巨額の開発費が投じられるが、平木教授らの「GRAPE-DR」はその100分の1ほどだ。「速い」「安い」「使いやすい」の3要素を視点に、実験主体の研究室でも買えるくらいのスパコンに照準を定めている。スパコンを使いたくても使えなかった研究者に門戸を開き、速い計算機の威力を研究の中に持ち込んでほしいとの願いからだ。

GRAPE-DR 4プロセッサーボード トップエンドシステムのスピード
GRAPE-DR 4プロセッサーボード トップエンドシステムのスピード
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「10%の性能アップ」の積み重ねが最大の効果を生む

 東大理学部物理学科の学生時代から、並列処理研究1本やりの典型的なコンピューター科学者である平木教授は、計算データをやり取りする通信の世界にも目を向けた。計算機のデータ処理速度が向上しても、送る速さが遅いままだと、そのメリットを生かしきれない。2002年から長距離TCP通信研究をスタート、2004年に初めて「IPv4」のインターネット記録で世界一を達成し、2006年12月に次世代プロトコル「IPv6」の世界一を達成するまで、10回世界記録を更新した。IPv6の世界記録は、日米欧を10Gbpsネットワークで結び、3万kmに及ぶ長距離のデータ転送によって確認したもので、画像や文字データを10Gbpsのネットワークに乗せて通信する時代に布石を打った。

遠距離・超高速TCP実験
遠距離・超高速TCP実験
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 「GRAPE-DR」で目標にしている40Gbpsとともに、100Gbpsの次世代ネットワークも視野に入れている。10Gbpsネットワークをフルに活用できれば、ディスク中にDVDと同じデータ量(4.7GB)があれば、約4秒で送れる。「それが40、100Gbpsで送れる時代になると、計算センターのスパコンに超高速で大容量のデータを送って処理し、結果を手元のディスクに置いて次の研究に利用するなど、研究環境が大幅に変革されます」。計算における時間の短縮とネットワークによる距離の短縮は、コンピューターサイエンスにとって根源的な課題である。平木教授はその2つの領域に踏み込み、解決の糸口を見いだしている。

 「ボクからみると、いまのコンピューターは能力不足。せいぜいワニのレベル」と譬える。餌を探して食いつく、敵がきたら逃げるくらいのことは現在の計算機でもできるが、ワニに日米翻訳を教えても無駄。いまのスパコンはワニが鳥になったくらいと喝破する。言い換えると、能力の足りないコンピューターにいくら工夫を加えても、本質的な解決にはならず、人間の脳と同じくらい速いスパコンができないと、人間と勝負はできない。「ゼタフロップス」マシンはそのために必要なのだ。1946年の「ENIAC」から始まったコンピューターの性能は、60年の間に毎年1.8倍、指数関数的に向上してきた。このシナリオは「ゼタマシン」までは生きるというのが平木教授の読みであり、信条である。そして、このマシンを駆使して、人間と勝負できる人工知能をつくりたいのだ。

平木 敬 教授 ただ、一気に100万倍もの性能向上を図るのは至難の業。そこで、まず10%速くすることから始める。これを100回、1000回と積み重ねることで、いつの間にか速くしていくのだ。コンピューターの速さはCPUの微細化が担ってきた。幾度となく微細化の限界説がささやかれながらも、そのたびに限界を突破し、CPUのデザインルールは45nmから32nmに突入、2015年くらいに16nmのCPUでエクサ(10の18乗)マシンが、2030年くらいにゼタマシンが5~10nmのCPUで実現できるだろうと予測する。こうした速さを見据えて展望する目がシステム屋として欠かせないという。平木流の視点である。

 「日本全体でみると、コンピューターは使う技術が中心になっている。開発する技術があまり大きくなっていない」。ここは日本が得意とすべき領域なのにと危惧する。速さを切り口にした研究とともに、コンピューターを開発できる人材の育成、この両面にフォーカスしたいと結んだ。

ISTyくん