21世紀COE「情報科学技術戦略コア」
融合プロジェクト合同ワークショップ
大域ディペンダブル情報基盤システムシンポジウム
中島 秀之 ● 「情報処理が創る社会〜サイバーアシストからの提言」

(司会)

 それでは、お時間になりましたので、本シンポジウムの午後のセッションに入りたいと思います。

 早速ですが、最初のご講演として公立はこだて未来大学の中島秀之先生からご講演いただきますが、紹介を本学の坂井教授より申し上げます。

(坂井)

 佐藤先生、ご紹介ありがとうございます。午後の最初のセッションで招待講演をしていただく中島秀之先生です。先生といっても今は、公立はこだて未来大学の学長先生のご紹介をしたいと思います。皆さんはすでによくご存じでしょうから今日は少し砕けた形でご紹介をさせていただければと思います。

 中島先生の学生時代を知る方はこの辺にいますが、私も実は2年ほど重なっていますが、先生は東大に12年いらっしゃいました。駒場に3年、学部、工学部係数工学科に3年、修士、工学系情報工学専門課程に3年。このときは和田英一研究室にいらっしゃいまして、修士のときにMITに1年留学されていましたので学位取得が遅れたといった感じです。

 和田研は、出たのは近山さんの方が先なんですよね。近山先生がこのころいらっしゃって、戸村先生、多田先生、寺内先生、この辺は電通大へ進みますが、こういう変な人たちがいっぱいいました。

 情報工学専門課程が私どもが出たところですが、これが後々、情報理工学系研究科というこの中に多くの皆さんがいらっしゃるところに発展していくわけです。それで、これは当たり前なんですけれども、博士も3年で合計12年、東大にいらっしゃって、非常に有益な学生生活をお送りになったというか。いろいろその過程も試行錯誤があって面白かったり、この辺に武勇伝があります。

 職業ですが、電総研に就職されまして平の研究員をやられた。電総研の平の研究員は、当時は世界で一番いい職業といわれていまして、あの辺にいらっしゃる平木先生もいらっしゃったわけです。その間、スタンフォードに留学されたりしていました。その後、何かいっぱい長の付くつまらない仕事をされまして、大学もそうですが、この辺は結構面白かったのではないでしょうか、ご自分で立ち上げられた研究センターの長などをやる。

 これをやっているときに、一時、私どもと併任が掛かっておりまして、東大の教授をやられていたことがわずか3カ月だけあります。わずか3カ月だけあるという理由は、確か1月ごろに教授になられたんですが、4月にはこだて未来大の学長になられまして兼務は大変ではないかということで辞されたという経緯があります。

 研究は、皆さんよく知っていますね。プロローグの話、エージェントの話、サイバーアシストの話で、これは今日お話しただく中で深い理解が得られるかと思います。

 もう最後のスライドで、こういうことを本業と書いてありますが、これはBMWのバイクだそうです。これは共同オーナーになっていた飛行機で、あとヨットに乗ったり、こういう乗り物が大変大好きという先生です。では、中島先生、お願いいたします。

(中島)

 丁寧なご紹介をありがとうございました。今日は、「情報処理が創る社会」ということで、先ほどご紹介がありましたサイバーアシストの研究をやっていたあたりからの提言ということで話をさせていただきたいと思います。

 このCOEには、そういう意味で3カ月だけいて教授会に1回だけ出て、出た最初に、次に辞めますというあいさつをして、だいぶ借りがあるので少し返さなければいけないかなと思っています。AIをずっとやってきて、そういう意味では、情報系の中ではAIヤーというのは哲学をやりたがる人間が多くて、今日もそういう話から入りたいと思います。

 世の中を見ると、最初は農耕社会、要するに物が大事。衣食住といいますが、物質がすごく大事な社会がずっとあって、その後は工業革命で、エネルギーが大事な時代に入りました。最後に情報社会というのが今そうだと思いますが、基本的に情報といってもハードウエア、ソフトウエア、コンテンツとあります。たぶん今はソフトウエアが重要視されていて、これからコンテンツの時代に入ってくるのかなと。今朝もゲームの話がありましたけれども、ああいうゲームを含めたいろいろな意味のコンテンツがすごく世の中で大事になってくるように思います。

 そう思ったときに、未来は物語社会という書き方をしていますが、我々が物語を作っていかなければいけない。今までは、特に農耕社会は生活の必要から食べ物が必要だということでやってきたと思いますが、情報社会になってくると、どういう社会をつくるのかを我々が考えていかなければいけないように思います。そういう意味で、サイバーアシストが描く未来という話を今日はしたいと思っています。

 これは予稿集の原稿をお送りした後で出てきた話で追加ですが、最近、サービスサイエンスと、これはIBMが言いだした言葉ですけれども、情報処理学会にもサービスサイエンスフォーラムができて、少しこれを考えることになっています。英語ではサービスサイエンス、あるいはサービスサイエンス・マネジメント・アンド・エンジニアリングという長たらしい言い方をしていますが、なかなか適当な言葉がない。サービス工学という言い方も、狭い意味ですでに定義があるようですけれども、いずれにしてもこういうことを少し考えていかなければいけないのかなと思います。

 サービスとサイエンスの日本名はないんですけれども、サービスの方は辞書を引くと、ご覧のように13の意味がある。つまり使われる場所によって全然違う意味に日本語としてはなるので、サービスに対応する日本語がないというのが正しいんですが。一番下なんかは僕も知らなかったんですが、動物の種付けなんていうのもサービスだそうです。

 サイエンスの方も、ある意味で日本語のようで日本語でない。英語で言う場合には、サイエンスとアートはこんな感じかなと思っています。一部は重なり、そうでない部分がある。これに対して日本語は、わりとサイエンスでアートではない部分を科学と呼び、サイエンスかつアートの部分を工学と呼び、アートでサイエンスでない部分を芸術と呼んでいるように思います。こうでない使い方もありますが、私はこういう意味でわりと昔から工学を使ってきました。

 要するに工学の意味の中に実用化というのをそんなにセンターには置かない。物を作るという意味ではありますが、サイエンスの一部だというふうに考えているので、英語のサイエンスで、こういうサービスサイエンスみたいなやつを日本語では工学と呼ぶのがいいのではないかと思っているところです。

 サービスの方も日本語にしようと思って、今考えているんですけれども、例えば、もてなしなんていうのは日本語で一番いいかなと。もてなし工学と言えば、みんな使ってくれるか僕はよく分かりませんが、何かいい日本語が欲しいなと思っています。

 そこまで前置きですが、何でサービスサイエンスの話をしたかというと、実はサイバーアシストを考えていたのは、サービスサイエンスそのもののような気がしているということです。それでだんだん中身に入りますが、最近、これはドコモがコマーシャルを作って、「ITはもう古い、これからはICTだ」というようなことを言っていますが、私はあれを聞いてとんでもない話だと思っていて、時代に逆行しているコマーシャルではないかと思っているところです。

 何かというと、情報の処理と情報の通信というときの情報というのはずいぶん違うことを指しているように思います。情報通信というのは、インターネットや電話などですが、あの場合に想定される両側には人間がいます。コンピューターシステムは何をしているかというと、まさに情報を運んでいるだけで加工はあまりしないわけです。圧縮や暗号化ぐらいはしますけれど、中身を変えるようなことはしないのが通信です。

 それに対して情報通信というのは、もろコンピューターシステムが情報を加工して、人間に有用な形にする。例としてはデータマイニングや、それから今日お話しする1つの大きなトピックですが、コンピューターシミュレーションや、そういうふうな計算機なしではできないようなことがあると思います。ここの皆さんもそうだと思いますが、わりと情報の研究している人は普通は、この処理の方をやっています。ちなみに、情報処理という話を甘利先生にしたら、処理というのは、ごみ処理みたいでよくないと、情報を捨てるみたいだというような言い方をされていたんですが、もう少しいい言葉があれば、これも変えた方がいいかと思います。

 先ほどのこれは左側と右側に分けていて、しかも左側を四角で囲んで書いてありますが、この処理の側の話をしていきたいのですが、そう思ったときに、情報に関してですが、世の中には2つの層があって、それをちゃんと分けて考えるのがいいのかと思っています。

 まず右側からですけれども、物理的なコネクティビティーを保証する層、インターネット◇メーラー◇というのが代表ですが、ここはグローバリティーを保証するための物理層があります、時間と距離を超える技術。wwwというのも、私は昔から、フェンエバー、フェアエバー、フーエバーと文字って使われていましたけれども、そういう、いつでも、どこでも、誰でもというのがインターネットの技術です。

 それに対して左側の論理層、バーチャリティーと書いてありますが、そういうバーチャルな層がもう1つ必要です。なぜかというと、今はインターネットを見れば分かりますが、ホームページがたくさんあって生の情報がごろごろ転がっていますが、我々はそのままでは使えないわけです。そういう情報を人間が分かる形に加工し、情報処理ですね。それで提示してくれるような層がもう1つ必要だろうと。

 これは本来の意味のバーチャリティーで、本来の意味というのは、英語のvirtual(バーチャル)というのは実質的にはというような感じです。バーチャルメモリーというのは、メモリーではないけどメモリーと同等に働くという意味で使われていますし、バーチャルリアリティーもリアリティーではないんだけれどもリアリティーと思っていい。これも仮想と訳した人は、僕はちょっとセンスがないというか罪悪ではないかと思っていますが、意味は仮想とは逆方向だと思っています。ですから仮想という言葉はここでは使いたくないです。

 いずれにしても、物理的にあるものを加工して分かりやすい情報を提示、しかもできるだけ個人中心の状況依存的な表現をしてほしい。こちらのキーワードとして今、ここで私にということだと思います。こちらの左側の提示の仕方というのを一生懸命考えていかなければならないのではいかと思っています。

 そのときに、これはJSTの委員会で少し取り上げましたが、先ほどのサービスサイエンスに少し関係がありますが、今まで、我々の研究開発は右下の設計や知の集積というところに集中していて、だいたい予算もここに付いて、これが終わると世の中で使われるサービスと供されるころには、実用化というので別の人たちがやっていたわけです。

 でも、実際にはそのサービスの後に、価値の再評価といいますか、価値をもう一度見直すというところがあって、また設計や知の集積に戻さなければいけないと考えます。こういうスキームをぐるぐる回すというのが今後、大事なのではないか。そういう意味でサービスサイエンスが大事というのは、その中にサービスが本質的に、研究開発の中に含まれてくるだろうということです。

 この前ちょっと例に引いていたんですが、携帯電話はテンキーで入力しますが、昔はあんなテンキーを人間が使いこなせるとは思っていなくて、いろいろな入力装置を考案していた人たちがいます。でも実際にサービスとして使ってみると、テンキーでいろいろな文字が打てるようになって、高校生などはそのまま使っているわけです。そうすると、そもそも研究の価値や評価が変わってきて、テンキーでうまく入力するにはどうすればいいんだということになって、また別の研究開発が始まる、そんな感じのプロセスです。

 出てくるものは、例えば今の携帯電話も物理的なものが研究の結果出てくるんですけれども、それを使うというのがプロセス、事柄で、物と事というのは最近、日本のいろいろなところで言い始めている人がいて、面白いのは経済産業省のグッドデザイン賞があります。Gマーク、あれも今までは物のデザインに対して与えられていたんですけど、最近は事のデザインに対して、Gマークを与えるというのが始まりました。経済産業省のホームページに、事に対するGマークというのがきちんと書いてあります。

 物と事ということで言うと、少し日本人は事という見方がうまいのではないかと思っています。物というのは、わりと客観的対象物で、西欧的な世界観でとらえたときに、対象物を物として見るというのは結構強いんですが、事というのは、自分がその中にいるプロセスになります。そういう意味では非常に主観的な世界で、結構、日本的な世界観。特に木村敏、この人は精神病理学の先生ですが、現象学の哲学者でもあって、ヘーゲルと同じ副題の、『時間と自己』というのを書いています。

 最近ちょっと面白い例を見つけて、これを話すと皆さん喜んでくれるので、ここでも少しやります。『雪国』という川端康成の小説があります。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」で始まります。この1文目は皆さん知っているんですけれども、2文目以降はたぶんここにいる誰も知らないのではないかと思います。その1文目だけでいいんですが、この1文目を英語に訳すと「The train came out of the long tunnel into the snow country」。これは素人が訳したのではなくて、サイデンステッカーという川端康成の専門の英文学者、英文学といわないのか、文学者というのかよく分かりませんが、そういう人が訳していることなんですが、これをそれぞれのネイティブに見せて絵にさせると、こんな違いが出てきます。

 たぶん皆さんは左側、こういう絵になるかどうかは別として、『雪国』の冒頭の文章は自分が汽車に乗っている視点で読まれていると思います。それに対してアメリカ人は、汽車に乗っていなくて、外から見ている絵を描くんだそうです。右側は対象を物として見る見方、左が自分を踏まえた事として見る見方と思っているんですが、情報処理システムの応用、サービスを考えていくときに、自分がその中に含まれたプロセスとして考えることが今後大事になってくるだろうという意味で、日本人にとって、ひょっとしたら得意の分野になるかもしれないと思います。

 こういう目でユビキタスコンピューティングという、これ自身はマーク・ワイザーというもう亡くなっていますが、ゼロックスパークの研究者が今から17年ぐらい前に提唱した概念です。ちなみに、マーク・ワイザーと私と同い年です。このユビキタスコンピューティング、最近は日本でユビキタスネットワークという形でユビキタスを使っている人がいますが、もともとの精神はコンピューティングで、計算能力があちこちにあるというのが大事です。

 それで、計算能力があればいいというのではなくて、それをどう使うかという方が大事ですので、マーク・ワイザーのもともとの論文には書いてありますが、いつでもどこでもつながることがやりたかったわけではなく、コンピューターが実世界に出てくる。実世界に出てくるというのはどういうことかというと、システムと人間が状況を共有することによって、コンピュータープログラムの側が人間が何をしたいかを理解し、人間を助けてくれるようなシステムができることです。ですから、つながっているというのは必要条件だとは思いますが、十分条件では決してないし、ましてや目的ではないということをまず強調しておきたいと。

 最初に物語が大事だと言いましたけれども、じゃあ、どういう物語を書いていくんだと言ったときに、このキーワード、「簡、健、良、絆」というのは結構面白いかなと思って使っています。これは味の素の開発の人から聞いたキーワードですから、もともと味の素が使っているキーワードですが、情報処理にもすごく当てはまるような気がします。

 我々はどうも、自己反省を含めてですが、簡単ということをずっと研究してきたような気がします。健康とか良質とか絆とかいうことを少しセカンダリーに置いていたような気がしますが、これからの情報処理は、この残りの部分を気にしていかなければいけない。「健」というのは安全、安心、健全ということですが、そういう意味では、今の大域ディペンダブルなCOEというのは、簡単から一歩踏み出して健全の方にいくという意味では、大変いい一歩のように思います。

 最後にサイバーアシストですが、今、お話ししたような流れで、いつでも、どこでも、誰でも、情報にアクセスできるということを前提として、今、ここで、私にアシストするということを目標にしたプロジェクトです。

 このサービスサイエンスというの、がもう少し世に行き渡ってからつくれば、もう少し素直に受け入れてもらえたかなと思っているんですが、いずれにしても2000年ごろから始めたんですが、こういうデジタルな世界と実世界を結ぶということでやっていました。いろいろな結び方がありますが、我々がやっていた1つは、狭い意味では文章の意味構造。もう1つは、位置情報を主とする物理的な手掛かりによる結び付きということでやっています。

 最近は、サイバースペースというのをデジタルの世界のことに使う人が増えてきたように思いますが、そういう狭い意味ではなくて、ちゃんと実世界との結び付きという意味で我々は少なくとも使っていました。細かい歴史は飛ばします。

 このチーム構成自身をあまり言いたいわけではありませんが、何をここで主張したいかというと、縦型のチーム構成を取っていたということです。ユーザーインターフェース、インテリジェントコンテント、マルチエージェントアーキテクチャー、ソフトウエア、デバイスと、縦にシステムを作るために一番上から一番下まで全部やっていたということです。デバイスを作り、デバイスを動かすためのソフトウエアを作り、その上のアーキテクチャーを作り、コンテントを作り、人間を担うインターフェースを作るという、この全部をやることによってサービスが提供できるというような構成になっていました。

 これはほとんど結論ですが先に言っておくと、情報処理技術というものは世の中の社会の仕組みを変える能力を持っている。最近、いろいろなところで情報化といわれますが、この情報化という概念はどうも間違いで、これは今までの社会の仕組みをそのままにして、それをコンピューターに置き換えるというようなことをやっているように思います。

 例えば、電子制御と言われたときに自治体が何をやっているかというと、例えばインターネットで住民票を申し込めますみたいなことをやっていますが、住民票は何のためにあるかということをちゃんと考えれば、認証のためのシステムですから、別に住民票という紙を媒介にする必要はそもそもないはずですが、そういう新しい社会の仕組みはどうも考えていないのが世の情報化です。

 そういう意味で、技術屋だけでは考えられないですけれども、社会学者とかいろいろな人と一緒になって考えていきたいというのが今日のお話の主張、論点です。そういう意味で、街を設計するアーキテクトはいるんですが、情報システムを設計するアーキテクトが欲しいというのが主張です。

 これはサイバーアシスト研究センターが始まったころは使っていたんですが、情報化がいけないよという例です。昔は駅に行って切符を買うというのは、こうやって駅員さんのところに行って「どこまで」と言えば売ってくれた、聞きたい情報があれば、ついでに質問すれば答えてくれた、これは古き良き時代です。情報化というのは何をしたかというのは、こういうことをやったわけです。右上に料金表があり、左上に路線図があり、下に機械がある、この3つを見比べて買わなければいけない。

 本当はここまで本当はひどくないだろうと思う人は、羽田空港にある京急の乗り場に行ってみれば分りますが、まさにこれをやらなければいけないです。あそこはいつもすごい行列ができていますが、あれはなぜかというと自分の行き先の切符を買うのに、それが何線かを知っていないと切符が買えない仕組みになっています。

 京急のどこかの別の方、例えば新橋から空港に行こうと思うと、空港というボタンが親切にあるんですが、そこを押せる状態にするには京急線というボタンを別のところで押さなければいけないという仕組みになっています。何が言いたいかというと、こういうのはやってはいけないということです。もっと簡単にこんな感じでやればいい。要するに、何かデバイスを持っていれば、それの周りがどうぞお通りくださいと。しかもこれは右へ行けと指示まで出てくる、こういう世界をつくりたいわけです。

 ちなみに、このおばちゃんが手に持っているのはPDAですが、水戸黄門の印籠風にデザインしていただいて、これさえ持って歩けば、周りに「頭が高い」と言っていれば、それでいいということです。ただし、技術屋としては裏にいろいろなものを作り込まなければいけないわけで、これが研究要素になる。

 目的は、人が何も言わずに駅で切符も買わずに列車に乗れる、しかも周りが助けてくれるということを目指しています。ちなみにどの列車に乗れるのかを誰が知っているのかというと、例えば、PDAにその日の予定表を入れてやれば、現在時刻とその人の位置でもって次にどこに行けばいいかは推論できますから、いちいち何駅までと言う必要はないということです。

 こういうので始まったサイバーアシストですが、その上できちんと社会応用を考えていこうと。今日は少しシミュレーションに関する話題をやりますが、これは『IEEE Internet Computing』という去年の暮れぐらいに出たもので、マルチエージェントの研究者が世界中から集まって、少し今後の方向性を示唆する。ここのサービスを入れているマルチエージェントシステムズというサービスを使っていますが、そういうものを書きました。小さくて見えませんが私も著者の1人です。

 サイバーアシストで考えていたのは、「群ユーザ支援」という言い方です。個々の人を個別に支援するのではなくて、大勢の人のまとまりをそのままマルチエージェント的に支援する。細かい例は言いませんが、あるいは大勢の人の意志決定。例えば政治というのは大勢による意志決定の1つですが、そういうふうなことをやっていくようなことを考えてみました。

 例として、大域カーナビゲーションというのをお話ししたいと思います。現在は、VICSという混雑情報を持っているような第2世代のカーナビが使われていますが、カーナビの可能性としては、いわゆるハードウエアは今のVICSのままでいいのですが、可能性としてはもっとすごいものがあるだろうというのがこの話です。

 現在位置と目標位置を個々のカーナビが持っているわけですから、例えば東京都内の全部の車が携帯電話を通じてお互いに通信することを考えますと、都内の全部の車の現在位置と目標位置が取れるわけです。これがあれば、もっとグローバルな最適経路を計算することができるし、さらにこれを信号機などと組み合わせれば、信号制御や車線を動的に変えることができれば、流量が多いところの車線を増やすようなことができるわけです。こういうことがあるのかという話です。

 これはトヨタの研究所のシミュレーションで大変面白いものが出ています。横軸がカーナビの装着率、20%、100%、これはVICSカーナビです。これがそのときのシミュレーションによる平均移動時間、目的地までどれぐらい時間がかかるか。これが低いということは速く行ける、高いということは時間がかかるということです。この20%というのが現在の装着率らしいんですけれども、なんと最小値。要するにVICSのカーナビの2割ぐらいが付けていると道路はすくんだけれども、装着率が上がるに従って道路が込むということが出ています。

 これは制御理論をやった人はお分かりだと思いますが、VICSが流している情報は少し過去のものです。1分だか5分だか知りませんが、少し過去の情報を使ってフィードバックを掛けたループというのは、すぐこうやって発信するということが知られています。これは何が起こるかというと、全員がVICSカーナビを使うと、混雑状況の発信が起こります。込んでいる道を全員が同時に避けて、次の瞬間その道がすいて、すいている道があったら全員がそこになだれ込んでということで、現在より悪くなるというのが出ているわけです。

 細かい話は飛ばしますが、我々のところでシミュレーションをやってみた結果、これまた先ほどと同じ装着率ですが、装着率が上がれば上がるほど混雑は下がるというか所要時間は減る。こんな簡単な道でシミュレーションをやっているんですが、上のこれはカーナビを持たない人ですが、道がすくのでこの人たちも恩恵を被る。でもカーナビを持っている人の方がよけいに下がりますというシミュレーションの結果です。

 これは、先ほど言いましたが、全部の車が現在位置と目標位置を持っていますから、過去の情報ではなくて未来シミュレーションができます。今から1分後にはどうなのか、5分後にはどうなのかというシミュレーションができて、未来からのフィードバックによってルートを決定することが可能になります。

 もう1つやったのがデマンドバスですが、デマンドバスの定義は、ここでいうフルデマンドバスは固定ダイヤや固定路線を一切持たない、要するに客の呼び出しだけで来るバスを呼びます。乗り合いタクシーの大型版だと思っていただければいいです。フルデマンドバスで実は実証実験が行われて、高知市と中村市、どちらも四国ですが、実証実験を行った結果、大都市ではだめだと。中村市というのは人口2〜3万人の小さな都市ですが、そこならオーケーだというのが実証実験の結果、可能でした。

 我々はここまで調査に行ってきて、バスルートがこれぐらいで描けるような小さな町で、端から端までバスで10分とか15分というところです。人口3万人程度です。市バスをフルデマンドにしたら赤字が減った。赤字が減ったということは減ったけど赤字なんです。ただ、市としては赤字が減ったのは喜んでいて、次の年から2台に増やすんだと言っていましたけれども、2台に増やすとやはり赤字は倍になる、決して黒字にならないというのが分かりました。我々がシミュレーションをやった結果、ずいぶん違いました。それを少しお話しします。

 ここで前提となる情報環境は、カーナビの場合と違って今より少し先の話。GPS携帯のように乗客が自分の位置をバスに知らせる手段を持っていて、バスと通信して、ここからここに行きたいと、ですからカーナビと同じです。今、私はここにいて、目標地はどこだというのをバスに伝える。そうすると、バスの方はルート再計算をして何分後に迎えに行くよということを言って、乗客が待てるようならそこで待っているし、待てないようならタクシーを呼ぶというようなことを考えてシミュレーションをしました。

 まず中村市みたいな実証実験をそのままシミュレーションしました。バスを1台持ってきて、乗客数をいろいろ変えてやってみると。そうするとどうなるかというと、こんな図です。

 これは横軸に乗客数で、縦軸が所要時間。シミュレーションですから、ずっと一定になっているのは固定ダイヤ、固定バスの平均所要時間。これはもうダイヤと路線だけで行ってしまいますから、乗客数カウントによる時間は無視して考えていますので、乗客数によらず一定です。それに対して、緑の急激に立ち上がっているのはフルデマンドバスの線で、乗客数が少ないうちは自分の目的地にすぐ行けるから効率がいいのですが、乗客が増えてくるとあちこち回り道するので、すぐに固定路線に負ける。これが実際に世の中で行われていた実証実験の結果で、人口の少ない中村市ではオーケーで、人口の多い高知市ではこちらの色に変わりますから現実的ではないといわれていました。

 よくよく考えると前提が変なのです。何かというと、乗客が増えたらバスが増やせるだろうというのがあります。これは固定路線の方も自由に使って、ちゃんと最適路線を計算してやっているので、敵の方も比較対照にはかなりいいルーティンに対して比較していますということです。

 これはバス1台当たりの乗客数を一定にしました。要するに乗客が倍になれば、バスは2台出す、3倍になれば3台出すということになると、こういう結果です。この赤い線は先ほどと同じ固定路線ですが、バスが増えますから当然どんどん便利になってくる。これは田舎より都会のバスが便利という図です。見ていただきたいのは、これはいろいろなものがあります。これは1台当たり何人乗せるかというバリエーションだけですが、いずれにしてもフルデマンドバスの方は急速に利便性がよくなります。この結果は何かというと、バス1台当たりの乗客数を一定にすれば、大都会ほどフルデマンドバスが有利だという実証実験とまるきり逆の結果が出ます。

 基本的にタクシーとバスの中間ぐらいに位置して、料金もたぶんバスとタクシーの間ぐらいに取ればいいのかなというふうに考えていますが、これをやればたぶん完全に実用になります。京都などでは、いろいろな人がいろいろなお寺から別のお寺に別々のルートで動こうと思うと、こういうところには非常にいいのではないかというふうに考えています。

 最初、我々がシミュレーションを始めたころは、ベッドタウンみたいに行き先が全部駅とか、それから夜になると全部駅から帰るという場合は、固定路線が有利かと思っていたのですが、最近やっているとそういうところでも、やはりフルデマンドバスが有利だということができて、ほとんどあらゆる場面で固定路線バスは今後消えていくのではないかというのが社会シミュレーションの結果です。

 あと、航空管制にもこういう使い方で、なぜ、ここで航空管制の例を出しているかというと、IT戦略会議がITの社会応用というシナリオを書いているんですが、あの人たちはどうもブロードバンドのことしか頭になくて、IT戦略会議の航空機応用のところには、航空機までブロードバンドで映画を届けるという例しか出ていません。飛行機に映画を最初から積んで飛べばいいだろうと思いますが、とにかくそうではなくて、ちゃんといい例を出そうというのがこれです。

 実は、アメリカなどではすでに研究が始まっていて、フリーフライトということでいわれています。現在は、航空機とこういう航空灯台(VOR)があるんですが、そこに対して何度という形でしか航空路が指定できないので、例えばこの空港から空港まで行こうと思うと、こことこことを通ってこういうふうに行きなさいという形で航空路が指定されているので、ですから非常に遠回りするわけです。

 それから線に限られていますから、1本当たりの飛べる飛行機の数も制限されいる。それに対してフリーフライトというのは勝手に飛べという。今はGPSがありますから、みんな勝手に飛んで、しかもお互いに飛行機同士がピアツーピアでポジションを◇……◇すればいいではないかというようなシステムが考えられているわけです。こうすると、まずルート選択の幅が劇的に広がることと、それからこれによってより短い経路が飛べるということで飛躍的によくなる。

 今日の主題ですが、要するにITを使えば世の中よくなるよというのは、こういうふうなことをちゃんと考えてやってほしいというです。

 あと行政への応用というのもあって、これは後で少し出てきますが、意味をタグ付けをした文章でいろいろな委員会の記録を残しておけば、それがそのまま検索できるし、報告書にもなるしいいのではないかというようなことを言っていましたが、これは半分冗談だと思いますが、経済産業省の人に言ったら「いや、委員会の結果は明確に出ては困るので、わざわざあいまいな文章にしているんです」というような返事が来ましたが、いずれにしても行政とか政府のパッケージにも、いろいろ使えるのではないかと思います。

 経済現象がカオスだなんていうのは知れ渡っていますが、そういうときの政府の介入にもこういうマルチエージェントシミュレーションを使えると。シミュレーションで、特に経済現象などは結果が一意には出ません。いろいろな場合がありますが、その可能性が出るので一番可能性の高いところにあると言うことはできるかなと思います。

 先ほどの行政文書の意味構造化というのはこういう例です。人間は文章の意味は分かりますが、計算機にちゃんと分からせようと思うと、裏にこういう構造を明示してやらなければいけない。最初はこれは計算機のためのタグだということで考えていたわけですけど、よくよく考えてみると我々は最初からこういうふうに書いた方が人間だって楽ではないかというのがあります。

 今のワープロは、べたのものだけ出して書き直そうと思うと大変なわけです。例えばパラグラフの順序を入れ替えたら、その中に書いてある「前日」を「当日」に変えなければいけないとか、いろいろ我々はみんな手作業でやるわけです。最初にこういう構造だけを作っておけば、順序の入れ替えなどは機械的にできてしまう。そういう意味で、将来こういうセマンティックプラットフォームの上に、いろいろなセマンティックサービスを載せる形にしていった方がいいのではないかという提案をしています。

 先ほどから言っている、電子政府やIPSなどという話は、この一番上に載るわけですが、一番下のセンサーネットワークあるいはプライバシーとかセキュリティーの監視というところから、一貫して縦に全部、情報技術でつないでいかなければいけない、そのための仕組みを作っていかなければいけないという話です。

 この中で特許を書いたことがある人は分かると思いますが、あれは日本語のようで全然違う言語体系です。何が一番違うかというと、紛らわしいことを言ってはいけないので、「あれ」とか「それ」という指示代名詞が使えないのです。「それ」という代わりに、その指してあるものを全部そこに展開しないさいというのが特許の文章です。何々をして何々をする機械というのが1回書いてあったら、それが「前述の機械」とは言えなくて、それが何々をして何々する機械というのが全部いろいろが出てくるわけですが、構造からするとそんなことはなくて前にリンクを張っておけばいいわけです。

 人間はまだきれいな構造で考えて、たぶんあとは自動化してしまえばいいという話です。それで1回書いておけば、いろいろなことに使えるということです。そういう意味で、セマンティックオーサリングというのを橋田先生が提唱していますが、ワープロではなくて最初からこういう構造で書く。こういうふうなワープロがあればいいんですけれども、この方が人間にとっても書きやすいし、推敲がしやすいし、多目的に使えると。ですからこれは人間が書くもの、それで文章として出ていくときは右側のような形になるというようなことを提案しています。

 そうすると同じ仕組みが、例えば議論の仕組みに使えて、なおかつ駅前の違法駐輪をなくしたいという解決策が2つあって、お互いにどちらがいいかというようなことがこういう構造になります。この同じものが例えば選挙のときには政策論争に使うことができるわけですし、いろいろな場面で意思決定に使えるのではないかというふうに思います。

 あと、グーグルなどの検索エンジンだと意味による検索ができるので、キーワード検索でできなかったようなことがだいぶ出てくるかなと思います。そういう意味で、今までは知識というかコンテンツというのは、わりと一部の著者とか出版社が書いて、残りの大部分の人は消費する側だったわけですが、それがもっと消費者側も生産者に入っていくというか、そういう知識の共有をお互いに育てていく。

 論文も書き方は少し変えられるかもしれなくて、今までの人の論文を参照して、普通はリレーテッドワークやイントロダクションなどに書くわけですが、そうではなくて、もろに前の人の論文にリンクを張って、そこの自分のやった部分の差分だけリンクを付け加えていく形で、同じ分野の論文は全体で1個のネットワークになっているみたいなことができるのではないかと思います。そうすると、たぶん査読のターンアラウンドも速くなるし、いろいろなことがよくなるのではないかというようなことも考えています。政策討論というのは先ほど言いましたが、そういうふうなこともできるかなと。

 これは、今それこそスタンフォードに行っている松尾君がやったんですが、人間関係をインターネットの情報だけから抽出する。これは、僕がこの辺にいて、橋田がこの辺にいて、石田亨とか松原仁とか出ていますが、こうやって本名で出てくるので、あまりあちこちに公開できないようなデータがあります。例えば人工知能学会に来た人だけとかいうのに限定して使ってもらっていますが、こういうのが自動的に取れるようなこともやっています。

 これは例ですが、情報技術は人と人との絆のために使うんだというのがこんな感じです。これを何に使うかというと、例えば今度こういう研究をしたいんだけれどもやってくれそうな人はどこにいるかとか、あるいはその人に連絡を取るには誰に頼めばいいだろうかということが取れるようなネットワークです。

 そういう高い理想の下に実際どんなことをやっていたかというのを少しだけ最後にお話します。マイボタンという、先ほどの水戸黄門の印籠みたいなものですが、できるだけ人に優しい、インターフェースに不必要な複雑性を導入しないというようなものを考える。仕事は複雑だったらインターフェースも複雑になる、これはしょうがないんですが、仕事は簡単なのにインターフェースは複雑だというのは避けたいところですが、そういう意味で象徴的にボタン1個。このボタン1個がコンテンツとディペンデントになっていって、あるとき押すと、お茶くださいになるし、別のときには切符をくださいになるというようなことを考えていたわけです。

 これはわりとセンターが始まったころにスローガンとして挙げた概念ですが、それの実装としてどういうものができたかというと、1つは、情報家電の実証実験というのをやりましたが、そのときに何かこんなボタンで、家中のすべての家電がコントロールできるようなことをやりました。これは一個一個の家電を独立に制御するのではなくて、家電の協調をデマンドするような感じです。すぐ思い付く例としては、テレビを見るときにカーテンが下がってくるとか、そんなことをやっていました。

 もう1つの例として、こちらの方が時間的には先ですが、昔はCoBITと言っていましたが、これを登録商標にしようと思ったら、CoBIT自身ではないんですが、富士通がこれに似た名前を持っていたので、あきらめてaimuletという愛知博に使おうと思って名前を付けましたが、最初に作ったのはこういう無電源の端末です。この何が高度な情報機器なんだという質問をよく受けていますが、これはゲルマニウムラジオみたいなもので、赤外線のアナログ情報を太陽電池で受けて、それをそのままイヤホンに流していた。

 ローテクの象徴みたいなものですが、これで何を実現したかというと、場所と方向に依存した情報伝達というのをやりました。要するに、ある特定の場所で特定の方向に向いている人にしか情報が流れてこないということによって、いろいろなことができる。例えば、美術館で絵の前に立ったときだけその絵の説明が聞ける。これは愛知博で実際やったわけですけれども。あとは道案内のときに有利なんですが、こちらへ来てくださいとか、右へ曲がってくださいという言い方ができるのです。なぜかというと、特定の方向を向いている人たちにしか聞こえないですから、「トイレは前方10メートル右側です」というような案内ができる。

 これは道案内ではすごく大事なことで、実は新宿駅などで道を聞く人がいっぱいいて、ほとんど、9割か何かが特定の場所を聞くらしいです。ですから、自動的に答えることができるにもかかわらず実現していないのは、質問者の向きが取れないからだという話を別の研究所の人がしていました。新宿駅の地下か何かで、東に行ってくださいと言ってもだめなわけですよね。ですから、聞いている人の向きを取って、そのまま真っすぐとか、右方向とか、逆向きですとか言わなければいけないので、そういうことができるシステムというのは実は難しくて、電波を使うと向きがだいたい取れないので、我々は光というものの有用性をやっていました。

 これは人工知能学会で実際にやったもので、だいたい会議に行くとこういうタグをくれるわけですけれども、そのタグ入れの下に先ほどの太陽電池と。これは自分のIDを出せるようにボタンが2個ある。そういう意味で空間上の置いたマウスみたいなもので、イエス、ノーぐらいが出せます。こちら側に情報キオスク、これは手作りですからつなげているわけですけど、ディスプレーと、ここが音声ラウンド、それからこれはIDの読み取り機ですが、そういう形で情報提供をしていました。

 ここに壁ができると、これは反射板なんですけど位置が取れるので、実はこれがマウスになって、この中でポイントしてクリックできるというのもありますが、その辺は本来の趣旨にそんなにそぐわないのでそうは使っていませんが、こんなものを作ったりしていました。この技術を愛地球博に出したこの2通りを使っていました。

 1つはAimuletGHというグローバルハウスでやっていたものです。これはここで受けてここから音が出るんですが、ホンダさんのコレクションが展示してあって、その前でいろいろ説明を聞くのに使ってもらったものです。これは中にRFIDタグが入っていて、入館者の軌跡を取れるようにはなっています。こちらが外で、ローリー・アンダーソンが日本庭園でやっていたものですが、これは屋外なので太陽光線との緩衝を避けるために、こちらが下側になるようにねじっています。これは実は球形の太陽電池です。

 京都セミコンダクター、京セラではなく京セミが持っていた技術で、彼らは球形の太陽電池を作る技術を持っていたんですが使い道が分からないと言っていたので、我々が使い道を見つけたんですが、これは球形なので方向依存性が実は少ないものです。道案内などでは方向が取れればいいと言っていましたけれども、これはむしろ逆にその辺にいれば、位置だけで、あまり方向によらないというのを実現していました。これはグローバルハウス、少し見にくいですけれども、あちこちに光源をつけてもらって再生できるようなものが聞けるようにしていたというものです。

 これはローリー・アンダーソン。これは本人が使っているものですが、これを使ってこうやって屋外で、ここに発信機があるんですけれども、この橋の上でこうやって両耳に付けておくと音が聞こえる。場所によって大きく聞こえる音が違うこととほかの人の静けさを破らないという意味で、スピーカーは使わないということでやっていました。

 いろいろお話をしてきましたが、もうあまり時間がないのでまとめます。実際に世の中で使おうと思うとあまり簡単ではないという話を少しだけして終わります。例えば駐車場の案内をする。カーナビに連動して駐車場の空きをリバーブするシステムがあったら便利だろうと思って駐車場の人たちと話をしたことはありますが却下されました。なぜかというと駐車場としては、来た人から入れる方がもうけが多い。来る前にリザーブするような必要はないというのがあって。要するに何が言いたいかというと、ビジネスだけあってもちゃんと商売には結び付かないというのを嫌と言うほど思い知りました。

 それからもう1つは、これも重大な問題ですが、情報処理の導入によって作業の効率化をして浮いた時間が本人の余裕に回ればいいんですけれども、どうも他人の失業に回っているように思うというようなことがあります、これは技術だけではどうしようもない。ここにいる皆さんはたぶんそうだと思うんですが、インターネットとパソコンがあればどこに行っても仕事ができるので、たぶん労働強化になっていて、どこに行っても仕事から逃げられないというようなことになっているのではないかと思います。

 もう1つは、利便性、安全性、プライバシー、個人情報保護というものが、これはどうもお互いに相反する概念みたいなのでまじめに考えていかないと。特に利便性を追求する社会になると、プライバシーがずたずたになる可能性がありますのでちゃんと研究しましょうというようなことです。例えば、IDタグが問題になっていて、商品だけならいいかと言うんですけれども、あれは商品の追跡とデータマイニングを組み合わせると誰が持っているかまで分かってしまうというようなことがあるので、結構難しいですよという話です。

 言いたいことは、今までコミュニケーションとかプロセッシングというのを考えて、だいたいこの平面で考えるコンピューターテクノロジーとかインターネットで考えることが多かったんですけれども、これからは人間という軸でよりよい生活というのをもう少し考えていかなければいけない。ハードウエアとソフトウエアと物語、ある意味ではコンピューターと人間でのいい形での分業、逆に見るとシンバイオシスといいますか、競争社会をつくっていかなければいけないのではないかと思います。そういう意味で、サイバーアシストからシンバイオシスへというのが私の提言ということでお話を終わりたいと思います。ご清聴、どうもありがとうございました。(拍手)

(司会)  中島先生、どうもありがとうございました。それでは、せっかくの機会ですので、ただいまのお話に対しまして質問等を受けたいと思います。はい、お願いします。
(平木)  平木です。大変面白い話をありがとうございました。ちょっとだけ気になったというか自分の商売柄、気になったところは、今から私たちというのは◇クラスタレス◇で、あと100万倍ぐらい計算機を速くしようとしているわけです。そうすると、今おっしゃられたことというのは、今たまたまそれのせいぜい10倍ぐらいのコンピューターだったらこういうことができるというようなストーリーの中で取れるんですけれども。目指す100万倍の裏には何があるのか、いったいそれが人間を支えるようなものに対してはどういうような考えをお持ちでしょうか。
(中島)

 いろいろなことが実はあると思います。そこまでは実際の研究が進んでないのでお話しはしていませんけど、飲み話としてはきっといろいろなことが言えると思います。最近、一番問題になっているのは、将棋を今後どうするんだというのがあります。要するに、コンピューターがプロより強くなったら棋士はやっていけるのか。

 1つの案は、オリンピックみたいに、要するに車の方が速く走れるけれどもやはり人間のマラソンはちゃんとれっきとしてあるじゃないかというようなものにするのかなというのがあるんですが。要するにコンピューターが100万倍速くなったという場合ですけど、我々において考えると、コンピューターの方が研究が速くなったら我々はどうするんだという話になるのかなと実は思っているところです。

 そういう意味では競争という、こういうのを出していますが、これはたぶん日常生活だけではなくて、100万倍速くなったら研究というところまでこれが起こってくるのではないかなというのは少し考えているというか、恐れていることではあります。何が言いたいかというと、いろいろなことがあるだろうとは思っているんですけれども、よく分かりません。

(平木)

 もう1ついいですか。いや、本当にできるかどうかは当の私でも、または周りの人、坂井先生でも分からないんですけれども、たぶんあと1,000万倍速くなると人間とそんなに違わなくなるというのは何となく感じるところなわけですよね、簡単な装置では。そうしたときに、やっぱりそれでも人間が知的活動をすることの意義をどうやって保つのかというのが実はすごく大きな命題で。我々は人格を否定する方向に向かってはいけないと信じているわけですけれども、その辺がたぶんもう少し先、10年先ぐらいに話題になるようなことかなというような。

 特に、例えば研究をするとか創作活動をするというような、そういう英知に関しては人間の知的活動の中でも最も質の高いものであるわけです。でも、人間は365日そういう知恵の高い活動をしているわけではなくて、もうちょっと低レベルな、今日は牛丼を食いたいというような知的活動もしているわけで、その辺は簡単に行っちゃうわけですよね。その辺が一番、将来、私たちがよく、単細胞的に速くしようとしているコンピューターが人間に及ぼす影響かなというのは何となく感じているんですが、その辺がたぶんキーかなとは思うんですがいかがでしょうか。

(中島)  まさにそうだと思います。ただ、速さだけではなくて、たぶん量も問題になってくると思いますが。今はわりと普通の人は、コンピューター1台と人間の脳を比較しているように思うんですが、複雑度から言うとコンピューター1台とニューロン1個、脳細胞1個を比較するのが僕は正しいと思っています。脳細胞1個はだいたい100万個ぐらいのシナプスを持っていたりするので、中のDNAが記憶するという話もありますから、複雑度は細胞と計算機。そうだと思うと今のインターネット、全世界の計算機を全部合わせたものがニューロンの頭一個一個に対応させるのがたぶん正しい対応だと思います。その上で、それが1,000倍とか1万倍速くなると、たぶんおっしゃるような知能ができてくるだろうなと思います。
(平木)  ありがとうございます。
(司会)  ほかにいかがでしょうか。
(  )  今の話に関係すると思うんですけど、本当にクリエーティブな部分というのは、雑駁にいうとある程度、間違いを許容するとか、価値観の多様性と言えばそれまでなんですけれども、あえてそういう踏み込めない余地をつくっておくというようなこともすごくあるのではないかと思うんです。そういうことというのは、こういう世界ってどういうふうに深めていけばいいんでしょうか。
(中島)

 これも酒飲み話として聞いていただきたいんですけれども、創造性を研究している人がいっぱいいますけど、創造性は簡単で、ランダムジェネレーションをやれば非常に想像的かと思うのです。むしろ大事なのは作ったものの評価なんですよね。

 ですから、絵でも最近の書道なんていうのは、ばっと墨を振ってその和の即興性を大事にするというのをよくやりますが。書道でそうやったときに、すべての書がいい書かというとそうではないわけです。やった結果、いい書と悪い書が出てきて、それをどうセレクトするかというのが本人の感性だと思うんですね。

 そういう意味で、ジェネレーターとテストのうちのテストの方が今後ますます大事だし、それから案外、研究されていないところだと思っています。計算機は今後、特にジェネレーションはいくらでもできるようになると思うので、創造性ということを追究するのはむだで、感性の方を追究する方が大事だと思っているわけです。

 それで、最後までコンピューターに載らないと思っているのは、我々の持っている体故の感性ですよね。暑いとか寒いとか痛いとかというやつは、どうやったって体を共有しない計算機では伝わらないので、その部分が最後まで人間として残るところだろうと。

 実はエキスパートシステムが最初に失敗したのはそこなんですね。かなりの知識を持って診断ができるにもかかわらず、注射をすると痛いんだということがどうしても教えられなかったので、いっぱい検査をすることをサジェストするエキスパートシステムができてしまって実用化されなかったというのが実は最初の失敗です。

 ですから、我々の持っている体、それからそれ故の感性、要するに人間が生きていくために必要なものというのは、コンピューター化は最後までできないだろうと思うので、その部分で分業といいますか、協力するという体制になるのかなと。逆に言うと、データの処理だとかシミュレーションだとかは全部、計算機任せというような時代が来るだろうとは思います。

(  )

 あちこちで同じことを言われているのではないかと思うんですけど、マルチエージェントのシミュレーションの話を聞くと、聞いているときは面白いのですが、何かやはり気持ち悪い部分があって、そんなに単純化してコンピューターの中のシナプスで本当のことが分かるのかなと常に聞いていて思います。

 質問は2つで、1つはそうやってシミュレーションしたものが現実を本当に表しているのかというのをどうやって確認するのか。例えば研究を進めていく上で、じゃあ、現実と同じ世界をつくって走らせて、現実と同じように必ずやるのか。でも現実をまねしているだけではしょうがないから新しいこともやると思うんですけど、それが正しいということをどうやって示すのかということが1つです。

 それは正しさという意味の質問で、もう1個は実際にその成果を利用する場合に、シミュレーション、先ほどのバスの配置などの話もそうですが、確かに情報の世界に全部移せてしまえば、完全に情報を移せればシミュレーションして立派なものができると思うんですけど、結局それをやるためにはまず現実の情報を仮想世界に入れて、さらに入れた情報をまた現実世界に戻さなければいけない。そこのコストとか手間というのが何か無視されているような気がするのです。

 だから、フルデマンドバスだったら、おばあちゃん、おじいちゃんが全員、複雑なシステムに使って行き先を言わなければいけないとか、あと最初の方のおばあちゃんが自動販売機が使えないから印籠を持っていればいいとか言っていたのですけど、さらっと流したのですが、印籠にまず今日の予定を入れておけばと言ったんですけれども、その入れるのをどうするのかというのが非常にあると思います。その辺、2つですがちょっとお願いします。

(中島)

 大変鋭い質問だと思います。実は今の2つの論点は、ずっと我々も議論してきたところです。まず、シミュレーションと現実の位置をどうやって見るのかという話は、これはさらっと言いましたけど、じゃあ、この交点で、どの規模の都市で何人に当たるかというのは実は分からないのです。ですから、定性的に大都市ほどいいと言いましたけれども、これが都市の規模100万人なのか1,000万人なのか、あるいは1億人いないとこうならないのかというのは実は誰も知らない。現実のパラメーターが書いてないからです。

 だから、今後そういうことを少しやっていかなければいけないんですけど、たぶん最初の方で言ったように、何も全部シミュレーションでやる必要はなくて、こういうものが出たらで、じゃあ、実際に東京でバスを2〜3台走らせてみようよという話をやって、あと現実の世界でデータを取ることをやっていかなければいけないんだと思います。

 最初にSPINの話をしたのは、最初からいいシステムなんてどうせできっこないし、飛行機だって落ちるごとにどうも安全になってきたわけですから、そういうような体制でやっていく。社会を実際に考えていくというのはそういうことだと思います。

 それから2番目の話として、おばあさんがデータをどうやって入れたか。これは新しいサービスを考えて、電話をすると自分の予定表をPDAにダウンロードしてくれるようなテレホンセンターという商売ができるのではないかというようなことも実は考えていたりしてします。

 そういう意味で、これを現実の世界に使おうと、先ほど駐車場の予約で失敗したとかいうのがありますが、実際に企業とそういう話を我々は何度もいろいろなところでやってきていますが、とんでもない問題があったり、あるいはとんでもない、思い付かないような解決策があったりというので研究者が街に出ていって、特にサイバーシステムの場合は横浜とか東京とかいうようないろいろな自治体とそういうことをやってきたのですが、そういう場が絶対ないといけない。ですから、研究室内でこんなことだけを考えていたのではだめだということは、声を大にして言いたいところです。

(司会)

 それでは、お時間が少々押してしまいましたので、質問は以上にしたいと思います。中島学長先生、どうもありがとうございました。(拍手)

 では、引き続きまして、続いてのご講演に移りたいと思います。次の講演は、東京大学の千葉滋先生でお願いします。


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