新発見の数学モデルで計測の歴史を変える
システム情報学専攻 安藤 繁 教授

時間相関型イメージセンサーの原理生かす
オプティカルフローを解析する初の決定版に

 安藤教授はもともとデバイスの研究者である。イメージセンサーに狙いを定めて研究しているうちに、数理領域の研究者がよく口にする“美しい数学モデル”を発見した。「ほんとうに驚愕の出来事だった」と振り返るそのモデルは、従来の理論では解けないオプティカルフローをはじめ、周波数の推定や音源の定位など広範な応用の道を拓くベストのモデルと確信が持てるものだった。通常、方程式2本で3つの未知数を解くことはできない。方程式の数を増やすと、未知数も増えてしまい、永久に解が得られないが、このモデルでは、未知数を少しだけ変形操作すると特定の条件下で未知数が同じになり、結果として未知数が増えないことがわかったのだ。「計測の歴史が変わる可能性もある」という自信作の中身に迫ってみよう。

周波数の推定や音源の定位なども数式で決定

 新モデル発見の端緒となったのは、時間相関型イメージセンサーである。インテリジェントな視覚システムと画像計測を実現するために開発したもので、時間軸の多大な情報を利用可能にする画像センサーである。ヒントにしたのは、人間の視覚系が持つ固視微動の仕組みである。人間の眼は静止している物体をジッと見つめているつもりでも、小刻みに揺れている。このため、眼の網膜に投影される像も常に揺れており、この揺れによって、多くの物体を物体として見ることができるようになっている。この固視微動の仕組みを応用した時間相関型イメージセンサーは、移動する光パターンを物体に照射して、通常の画像と同様に光の画像強度信号分布を捉えるとともに、その時間変化の情報も併せてつかむことができる。

 その機能がどういう利点をもたらすのか。通常のテレビカメラ用のイメージセンサーは毎秒30枚の画像を撮影する。時間相関型イメージセンサーは、毎秒30枚の変化で撮影するのに加え、その100万倍を超える光の明暗の変化を撮ることができる。フレームレートを強引に上げて高速撮影を行う高速度カメラと違って、微妙な画像の変化をつかみ、画像の質を高めることが可能なのだ。

オプティカルフロー検出の
最初の被写体は安藤教授
水面の流れがリアルタイムに捉えられている(線の長さが速度,色が方向)
※画面をクリックして拡大画像をご覧下さい

 1994年に研究に着手して以来、現在は、文部科学省の知的クラスター創成事業の一環として展開している「浜松オプトロニクスクラスター」の第II期(2007~2012年)で実用化を目指している。静岡大学の川人祥二教授や企業と共同でデバイス開発と応用開発を推進中で、3次元形状の振動、屈折率などの可視化、傷の検査など、産業や科学の発展に役に立つ多様な用途に向けた計測器に的を絞っている。

 この時間相関型イメージセンサーは、相関という演算を行い、その結果から欲しい情報を解いていくデバイスだが、このセンサーを利用すると想像できないような解き方ができることがわかったのだ。そのきっかけは、パターン認識やコンピュータビジョンなど画像処理に重要な役割を果たすオプティカルフローである。カメラで撮影しているときに、ある物体が動いた、それがどういう動き方をしたかをベクトルで表すもので、きわめて広範な応用が考えられている。ところが、フロー自体を解析する決定版と言える方法はまだ見つかっていない。時間相関型イメージセンサーをそれに適応しようとしたとき、ドラマが起きた。

研究人生最大の驚愕的な出来事

 3年前の夏休み。数理科学研究科出身の学生が安藤研究室のドクターコースに入ってきた。安藤教授は、新人の彼にテーマを与えた。「時間相関型イメージセンサーとオプティカルフローを組み合わせたら、何かおもしろいことが起きるかもしれない」。デバイス研究というモノづくりを志向する安藤教授と違って、数学好きの彼のキャンバスはまだ真っ白。しがらみのない自由な発想で数式を操れる素地があった。その彼が書いた方程式を眺めたとき、「ここを変形すると、別々に見えた未知数が同じものになるではないか」と安藤教授に戦慄が走った。方程式を解くまったく新しいモデルになる可能性に気づいたのだ。研究生活で1回あるかないかというサプライズだった。

教授室でも実験。装置はすべて教授の手づくり

 このモデルの原理は、時間相関型イメージセンサーを元にしている。まさに安藤オリジナルである。オプティカルフローが解ける新モデルになると薄々感じた教授は、その半年後から適応できる範囲を広げたところ、いろいろな問題が解けるのがわかった。非常に短い波形データから周波数を特定したり、電波や音がどの方向からくるのかを数式で決定できる。回り道をせずに、数式を使って最高によい解き方ができるために、“美しいベストのモデル”と表現しているのである。ピッチャーが投げた野球のボールの速さ、自動車の走るスピード、空気の流れといった計測に大きく貢献し、計測の世界を変えるかもしれないという。

 「研究は、シンプルかつ本質的で大きな可能性を秘めたタネ探しから始まる。それを徐々に育てるのが私流」―安藤教授の研究哲学である。その出発点は“屑(の研究)からは屑しか生まれない”という恩師の言葉だった。計数工学の学部生のときから手掛けた画像処理研究のカギは、情報を最初に取り込むセンサーにある。それをよくしなければ後でどのような処理をしても無駄だと悟り、眼球の固視微動を思い描いていたとき、イメージセンサー上で時間相関がシンプルな構造で実現できるとひらめいた。基本となる1画素に複雑な機能を入れすぎると画素数が少なくなり、メリットが出ないので、基本的な機能だけに絞り込んだ。こうして生まれた時間相関型イメージセンサーが、画期的なモデルを引き出したのである。「単純で明快、美しいものは発展性があるんです。学問というのは感動の世界ですよ」

 このモデルに注目している研究者は次第に増えてきたが、大きな流れにするにはもう一段の努力が必要だ。時間相関型イメージセンサーについては、多くの企業の協力によって実用化の扉が開かれる見通し。その次が周りから評価され、『安藤理論』と冠のついた新モデルの出番だろう。それに向けて安藤教授は10年余の研究人生の仕上げに入る。

ISTyくん