電気制御の技術を駆使してモノを動かす
電子情報学専攻 古関隆章 准教授

高齢者や要介護者に目を向けた交通システム
リニアモーターと生体機能を真似て構築目指す

古関隆章 准教授 「ネコバスをつくるのが夢なんです」。「ネコバスって、アニメ『となりのトトロ』に出てくる愛嬌のあるキャラクター ?!」。「そう。行きたいところに連れて行ってくれるネコバスこそ、高齢化社会の交通システムをサポートする乗り物ですよ」。電子情報学専攻の古関准教授は「ほとんど、子どもの戯言ですが」と笑うが、目は光を放っている。高齢者や介護を必要とする人が最寄りの駅まで行くのに、いつでも、どこへでも希望のところに走って行くネコバスは、究極の電気自動車。電気制御を用いてモノを動かす得意の技術と、もうひとつ別のユニークな仕掛けを組み合わせて走らせようと知恵を絞っている。

高い防振効果を持つ磁気浮上支持システム

 古関准教授は2度も歴史に名を刻んだ事件に遭遇する。ドイツにリニアモーターの研究留学で飛んだ日(1989年6月4日)に、中国で民主化を求めた天安門事件が勃発。5ヵ月後の11月9日、現地で買ったテレビのスイッチを入れた途端、ベルリンの壁崩壊を目撃する。

 高校生時代、SFアニメの「宇宙戦艦ヤマト」に登場する大型スクリーンを見て、動画を映す大画面スクリーンを液晶でつくってみたいと思った淡い夢も、東大を卒業するころには実用化されていた。工学部で電気工学を専攻したあと正田研究室に入り、卒論研究の中で“モノを動かす”ことにテーマを絞って選択したのがリニアモーターだった。「ほんとうは超電導発電を選びたかったのですが、ジャンケンで負けて」とユーモアを飛ばしながら、エピソードを披露する。

鉛直輸送システム試験装置
磁気浮上とリニア同期モーターを組み合わせた鉛直輸送システム試験装置

 1990年に帰国、母校でリニアモーター研究で学位を取得し、武者修行に出た先が、鉄道ダイヤのスケジューリング研究などにタッチしていた曽根研究室である。同研究室でリニアモーター研究を志向するが、大企業が推進するリニアモーターカーで勝負するよりも、高層ビルの自走式のエレベーター駆動と制御に焦点を当てる。当時、ゼネコンが打ち出していた、高さ1000m級の超高層ビルの中に小都市をつくる構想にリニアモーターがピタリ嵌ったのだ。ゼネコンも委員会を設けて可能性を追求したが、この構想は流れた。

 次いで、摩擦がなく、粉塵の発生もほとんどない高品質の磁気浮上搬送システムへの応用を狙う。4極3自由度の制御ができる高性能磁石の開発がその動機となったが、良質のプラスチックの登場が同システムの普及を阻んだ。この磁石の優位性を発揮させる目的で永久磁石と組み合わせたところ、防振に応用できる可能性がわかった。「ゼロパワー浮上」磁石の上から押すと逆に上に上がり、下から押すと、押したほうに下がる“負の剛性”という機能を生かせば、上から押しても凹まない、下から押しても上に上がらない、支持機構としてきわめておもしろい動きをする。この機能を生かす道を模索していたとき、思わぬ事態が待ち受けていた。

磁気浮上応用の2つのアイデア(分岐機能付非接触搬送と振動の能動抑制制御)
磁気浮上応用の2つのアイデア
(分岐機能付非接触搬送と振動の能動抑制制御)

ロボットに二関節筋の機能を付与したい

古関隆章 准教授 2006年5月、自らのモーション・コントロールを司る小脳の機能が半分近くも失われるという大病に襲われたのだ。にもかかわらず、医者もいぶかしく思うほど奇跡的に回復し、医者からそのわけを調べて、医学研究に生かしたいという協力を求められた。研究者の目で見ると、医者は生体から得たデータを診断や治療に利用しているが、データの処理方法は必ずしもあまり上手には見えなかった。情報系の研究者が少し協力するだけで、医学の進歩に貢献できるのではないか?―古関准教授に“医工連携”の4文字が改めて意識される。

 そうしたある日、昆虫学の権威者の言葉が甦ってきた。「人の腕には力こぶができる。ロボットには、人や昆虫など動物が持っている力こぶの機能はいまのところ応用されていない」。この筋肉『二関節筋』の冗長性の話が鮮明に思い出された。二関節筋は隣接する2つの関節をまたいでいる筋肉である。腕の筋肉を例にすると、肩関節と肘関節は力こぶの部分(上腕二頭筋)によってつながっており、2つの関節を同時に動かすことで腕を曲げたり伸ばしたりして、モノを引き寄せたり押し出している。このような二関節筋の持つ柔軟かつすばやい運動機能を生かすと、応用制御工学の領域を拓き、ロボット研究への新たな貢献になるかも知れない。電気で動きを制御する得意技術を発揮できる強みもある。

 普通のロボットの場合、ハードウェアをできるだけ切り詰めて軽くし、その分を複雑になってもいいからソフトウェアに置き換えるアプローチだが、二関節筋代替アクチュエーターの開発はその逆で、工学的には本当に筋がよいかどうかはやってみないとわからない。すでに、災害救助ロボットなどへの適用研究も進められているが、古関准教授は二関節筋の機能を銅と鉄で、すなわち、リニア電磁アクチュエーターを用いて再現し、燃料電池を搭載した『ネコバス』として実現することを考えた。ネコバスができると、「研究室で推進しているモーション・コントロールやアクチュエーター、生物に学ぶ歩行機構、公共交通という社会システムの3大研究が結びつく」のだ。予約を受け、乗客の要求に応じて走らせる『オンデマンドバス』が新しい公共交通手段として研究されているが、その究極の姿がネコバスと捉えられる。

人のアームにおけるに関節筋(左図)と、二関節筋代替電磁アクチュエーター(日立トンネルアクチュエーター)試験装置
人のアームにおける二関節筋(左図)と、二関節筋代替電磁アクチュエーター(日立トンネルアクチュエーター)試験装置(右)

 古関研究室はリニアモーター関連だけでなく、鉄道システムの運転整理の研究も守備範囲。事故などで列車ダイヤが乱れたときの、ダイヤの瞬時の組み換えや回復は、公共交通サービスの重要なカナメである。この旅客輸送のIT化研究には、研究室の鉄道好きの大学院生がチャレンジ中。ダイヤへの目配りはもとより、乗客の流れをグラフ理論を応用してつかむことを目指している。「運行管理のプロに、これは使えるねと言ってもらえるような成果を示したい」と意欲的だ。さらに、やり残したままの、防振効果の高い磁気浮上支持システムなどの応用に見通しをつけて、ナノの加工精度を実現する次世代システムとして表舞台に登場させる日を胸に秘めている。


古関研究室

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