生体系と機械系の橋渡しに“神経”を使う
システム情報学専攻 満渕(まぶち)邦彦 教授

まるで自分の手で触ったかのように感じる義手などを
サイボーグ工学を駆使して新機能の実現を目指す

満渕(まぶち)邦彦 教授 SFの世界で語られていたサイボーグ。それがいま、生体系と機械系が融合したサイボーグ工学によって、『考えるだけで動く義手』、『義手でモノを触ったときの感触が、自分の手で触ったかのように感じるシステム』など、これまで予想もしなかった新しい機能を手に入れられる可能性が出てきた。システム情報学専攻の満渕教授は、世界的に注目されている脳の情報(神経活動)を直接読み取るBMI(ブレイン・マシン・インタフェース)とともに、“末梢神経”の情報も使って、義手やロボットハンドなどへの応用を試みている。そこには、医者(医学博士)であり、工学研究者としての研究の視点が色濃く映し出されている。

中枢神経系とともに、末梢神経にも研究の視点

 満渕教授には、医者、計数工学、システム情報学の研究者といういくつもの顔がある。「ボクは鉄腕アトムの世代。若いころからサイボーグ的なものへの憧れがありました」。東大医学部に入ったのも、どうやらアトムに触発されたようだ。医学部を卒業後、もともと数学の家系だったこともあり、工学的な知識を求め、計数工学の南雲研を志して学士入学する。南雲研で卒論研究を行い、卒業後、再び医学部に戻り、内科で臨床研修を行ったあと、人工心臓研究の草分けである渥美和彦教授のもとで人工心臓の研究に手を染める。人工心臓における大きな問題の1つに、制御の問題があった。直列に並んでいる右心系と左心系をバランスよく制御するにはどうしたらいいか。たとえば、運動をすると多くの酸素が必要になる。それを血流量で制御したらいいのか、血圧で行うのか、未だに解決されていない。そこに交感神経など自律神経を操って行う方法があるのではないかと考えた。

満渕(まぶち)邦彦 教授 神経には、内臓や血管の働きをコントロールする自律神経、体表・感覚器官や臓器の感覚の動きを伝える感覚神経、筋肉を動かす指令を出す運動神経の3種がある。これらの神経線維は、末梢神経では部位によって異なるが、本幹では数千から数十万本のオーダーで束になっている。目的の神経を探す場合、通常は1対の電極を用いて体表から神経を刺激しながら探していくが、満渕教授は深さ方向も正確に捉えられる超音波エコーを使って探っている。計測に用いる電極は、マイクロニューログラム針電極といわれる非常に細い針型のもの。末梢神経における運動神経の信号は、筋肉を収縮させるか否かの、はっきりとした意味を持つ最終的出力信号なのだが、信号レベルが小さい。しかも、筋肉が収縮するときに生じる筋電位がノイズとして乗ってしまい、運動神経そのものの電位を取るのがむずかしい。

 そこが泣きどころだが、人工的に感覚を生じさせる研究は着実に進展している。指に圧が加わった際に、針電極で捉えた感覚神経信号とまったく同じ信号を、電気刺激によって逆に神経から入力してやると、脳へと伝わっていく。人は何も触っていないのに、義手の指が触ると、触ったように感じるといったことも実験的に証明されている。しかし、手や腕に相当する義手にするには、まだ多くの難関がある。現在の電動義手は、実際にはあまり使われていないという。1本の指や片方の腕がなくなったとしても、厳しい訓練を重ねることで、残った指や腕、あるいは足などで通常の作業ができるようになった人は多い。義手には精緻な器官の手と同等の機能が備わらないと使ってもらえないことを物語っている。現状の技術ではそこまで高度なものをつくることができないのだ。実現には最低50年くらいはかかるだろうと満渕教授はみている。

医工連携で既成概念を超える発想を

 では、高度な機能の義手などを実現する条件は何か。いまは少数の電極情報が頼りだが、多チャンネルの情報を無侵襲かつ高い空間分解能で読み取る技術など、現在の技術を超える発想が必要と満渕教授は指摘する。加えて、これまでは健常者が指などを動かしたときの生体情報をもとに、それと同じように動く義手やロボットハンドを目標にしていたが、次の段階は、実際に指や手などを失った患者が、自らの意思で動かそうと意図しているとおりに動かす研究へと向かうことなどを上げる。指を動かす筋肉は、指の近くにあるのではなく、手首から上の前腕部にある筋肉が担っている。仮に指がなくなっても、前腕部の筋肉があればその信号を用いて人工の指の動きを制御することは可能だが、肘関節よりも中枢側で腕が切断されている場合は、脳からの神経情報を何らかの方法で直接的・間接的に読み取る必要がある。この場合は、末梢神経系でアクセスするよりも、中枢神経系でアクセスするBMIが有力視される。BMI研究に対しては、米国が軍事面の要請で多額の研究費を集中投入しているように、研究は活発化している。1000億のオーダーともいわれるニューロンが複雑なネットワークを組んでいる脳を解析するのは至難の技なのだが、脳科学研究のBMIはその壁を徐々にこじ開けつつある。


 サイボーグ工学は、なくした手、足、目、耳などの機能を取り戻し、難病を治療する夢の技術として期待されている。神経細胞の信号を読み取り、考えるだけでコンピューターで操作する日も近づいているようだが、満渕教授は、臨床的にはまず末梢神経系からアプローチするほうが筋であろうという考えである。

「研究って、自分の研究活動を終えるまでに完成しないくらいのほうがいいなどと(半分冗談で)言われますが、私は実際に使えるものをきちんとつくり、実際に使われるのをこの目で確かめたい」。 人の指に匹敵する義手ができるのは50年先だとすると、満渕教授に残された時間は多くはない。「そのために、医学と工学の両分野が“よくわかる”人材を育て、協力して研究を加速させることが必要。医学系と工学系の人はやはり感性がちがうような気がする。だから、連携させることによって、新しいパラダイムの発想が生まれるんです」。

神経系経由による触感覚提示概念図
感覚神経系を刺激することによる人工感覚生成の概念図
「目で見る」、「手で触れて感じる」などとよく言うが、目や手は感覚のセンサー(受容器)に過ぎず、最終的には、これらの感覚受容器で検出した情報が神経パルス列の信号として大脳皮質の対応する感覚野に伝わり、その結果感覚が生じる。この経路の途中で、目で見たり手で触れたりしたときに生じる信号とまったく同じものを人為的に入力してやれば、実際には見たり触れたりしていなくても、被験者には見たり触れたりしたのとまったく同じ感覚が生じることになる
ビデオ画像
駒場キャンパスにいる操作者(マスター)と本郷キャンパスに設置したロボットハンド(スレーブ)との間での感覚伝達実験
操作者は本郷の実験室に設置されたカメラの視覚情報によって、置かれた物体の把持を試みる。操作者の指の動きはサイバーグローブ(各指の関節の角度を検出できる手袋状の装置)によって検出され、この情報によって本郷に設置されたロボットハンドが操作者の指とまったく同じ動きを行って物体を把持する。その際、ロボットハンドの指に装着された圧センサーで把持している圧が検出され、操作者はロボットハンドが触れている部位に把持しているのと同じ圧を感じることができる
ISTyくん