コンピューター・アーキテクチャーで“世界標準”を
電子情報学専攻 五島(ごしま)正裕 准教授

キーワードは“ハイパフォーマンス”
プロセッサーの高速化など独自色

 コンピューターのアーキテクチャー(基本設計)の研究を推進している電子情報学専攻の五島准教授。京大の学生時代はプロセッサーを数千個の規模で並べた『並列コンピューター』の研究が主体だったが、プロセッサーを並べて動かす研究からプロセッサー自体の研究にシフトした。研究のキーワードは『ハイパフォーマンス』。もはや疑問を挟む余地はないと、研究の対象とはされていなかったプロセッサーのコアの部分に「なぜ」という疑問符を投げかけ、命令を高速に実行するロジックを開発したのも、データ並列性の高い処理を行うプロセッサーを研究のターゲットに掲げているのも、高い性能を実現したいという視点からである。コンピューター・アーキテクチャーについては、日本発の優れた成果がいくつもありながら、世界標準の評価を勝ち取ったものはまだほとんどない。研究者一人の力ではどうしようもないところがあるが、『点滴岩をも穿つ』喩えのように、小さな力によって巨大な壁を打ち破ることも可能なのだ。「パフォーマンスにこだわって創造的な成果を産み出し、産業貢献をしたい」。力を込めたこの言葉の中に、確かな手応えを感じた。

LSIの微細化が進むと圧倒的な優位性

五島正裕 准教授 PCなどに使われているプロセッサーは、メモリーから命令を読み込み→解釈し→実行し→結果を書き戻すといった一連の手順で処理を行っている。この処理を高性能化するには、一連の手順を行う動作クロックを高めるか、命令実行効率をアップするか。“アーキテクチャー屋の仕事”として五島准教授が選んだのは、その両方を高い次元でバランスさせることだ。

 1サイクルに2命令以上を実行するプロセッサーを、スーパースカラと言う。現在ではPCなどにも採用されているこの方式で命令を実行する際、インオーダーがいいか、アウトオブオーダーがいいかという論争があった。命令をプログラムに記述した順序どおりに実行するのがインオーダー、必ずしもプログラムに記述した順序どおりには実行しないのがアウトオブオーダー。インオーダーでは必要なデータがそろわないと実行がストップするが、アウトオブオーダーの場合は、実行できる命令から実行するので、プロセッサーの動作を止めずに実行を続けられる利点がある。しかし、どの命令を実行すればいいかを決めるスケジューリング・ロジックが複雑になるため、クロック速度が上がらないと言われていた。

インオーダー(下)とアウトオブオーダー(上)の実行の様子
インオーダー(下)とアウトオブオーダー(上)の実行の様子

 命令と命令の間には、依存関連を示すタグがついていて、ある命令が実行されると、この結果を使う次の命令をタグで探し出し、その命令がウェークアップされる仕組みだった。コンピューター・アーキテクチャーの長い歴史の中では、『タグをブロードキャストしてやらないと…』というのが常識で、これには疑問を挟む余地はなかった。五島准教授は、この常識に強い違和感を持ち、複雑になる要因を探った。複雑になるのは、命令を実行するときにその結果を使う命令を探していることが要因である。そこで、その結果を使う命令をあらかじめ行列の形で登録しておけば、命令のウェークアップ時間を短縮できると考えた。うまくいけば、倍近く実行時間が早くなる。

 この方式は近い将来、実用的な利点をもたらす期待が大きい。半導体の世界は、LSIの性能向上を予測する指標『ムーアの法則』によって動いてきた。LSIの高速化はゲート線幅の微細加工ルールで決められてきたが、最小線幅が現状の65nmから、45nm、32nmへと一層微細されると、ゲートの遅延よりも、配線の遅延のほうが支配的になる。そのときには、五島方式が圧倒的に有利になるというのだ。

単一アーキテクチャーで性能とプログラム開発を両立へ

五島正裕 准教授 新しいプロセッサー研究にも目を向けている。半導体の世界を支配してきたムーアの法則も、微細化技術の進展によりしだいに頭打ちになった。プロセッサーには新たに熱の問題が発生し、クロックも上がりにくくなる。このような時代の新しいプロセッサーには、新しいアプリケーションも用意していく必要ある。そのキラーアプリケーションとして、五島准教授は、グラフィックスやゲーム、メディアなど、データ並列性の高い処理を例に上げる。

 グラフィックス向けなどの専用プロセッサーが一部開発されているが、プログラマビリティーが十分ではないと指摘する。これらをそれぞれ専用プロセッサーとしてつくるのではなく、「単一のアーキテクチャーで、プログラムを書くことによって、どれにも対応できるものを目指したい」。性能面で多少のハンデを負うことになっても、プログラム開発が容易にできることが重要なのだ。「いくら理論性能が高くても、使えないのでは意味がない」と、五島准教授が掲げる次のプロセッサー研究も、やはりハイパフォーマンスへの挑戦である。

 コンピューター・アーキテクチャーの研究動向は、10年先を読むことなどとてもできないほど流動的。このため、五島准教授は5年くらいのスパンで、プロセッサーのセキュリティー、信頼性向上を目指した研究も展開している。

 常識の世界に風穴を開けて、キレのよい解(命令実行の高速化)を出した実績が示すように、お膝元の日本企業が注目するものを、そして世界で評価されるものを見いだしたい――これが五島流研究視点の原点である。新プロセッサーについては、同様の方向をインテルやAMDが打ち出している。これらに先駆けてトレンドを示すことができれば、世界が納得する日本発の成果として評価される…。

五島准教授

ISTyくん