先端技術と発想力で医師の“目”と“手”を創りたい
知能機械情報学専攻 正宗 賢 助教授

『コンピュータ外科』の確立を目指す
MRI画像を治療支援の手段に活用

 MRI画像を診断だけでなく、治療にも生かす―。こうした視点から研究を推進しているのが、知能機械情報学専攻の正宗助教授だ。臨床医学に情報・機械技術を融合する工学的なアプローチによって、治療を支援する『コンピュータ外科』の確立を目指している。究極の目的は、医師の新しい“目”と“手”を創り出すこと。「まだ、道半ばですが、確実に近づいています」。

X線CT、MRIのナビ手術のパイオニア

正宗 賢 助教授

 1994年に東大工学部精密機械工学科を卒業した正宗助教授、学生時代から研究の軸はまったくブレていない。『治療支援』研究一点集中である。1996年に同専攻の博士課程途中で助手となり、2000年、東京電機大に生命工学科が創設されるのを機に講師として転出、2005年8月に情報理工知能機械情報学専攻の助教授として赴任した。

 最初に注目したのはナビゲーション手術である。手術する患者の患部の位置とメスなど手術用器具の位置との対応や、どの方向に切開していくか、いわゆる作業経路をシミュレーションする技術だ。地図情報を載せたカーナビと同じようなものと考えていい。この手法を使って、X線CTやMRIの画像情報をもとに、腫瘍などの患部組織に直径1mmくらいの針を刺し、先端から薬を注入したり、腫瘍を吸引したり、レーザーで焼いたりすることで患部組織を直接治療する装置を開発した。正常な組織を傷つけることの少ない画期的な治療法なのだが、問題があった。外科医師は、実際には脇に置いたモニターに表示されるナビ画像と患部を交互に見ながら手術をしているので、作業自体が煩雑になるうえ、負担も大きかった。ナビ画像と実際の患部を同じ位置に統合して表示できたら―。

 このために採用したのは、ハーフミラーの光学的な性質を利用し、あらかじめ撮影したX線CT画像を患者の体に重ね合わせて(オーバーレイ)表示する方法である。医師はハーフミラー越しに半分は患者自体を、半分はディスプレー画面の鏡像を観察し、座標合わせ用マーカーによって、最初に一度だけディスプレーとハーフミラー撮像断面の位置を合わせるだけで、たとえば、腫瘍の位置、大きさ、深さなどが正確に重なって表示されるのだ。これなら手術の正確性が一段と高くなる。この方法を用いて、針を患部組織に刺して治療する先の装置に結びつけたのである。

 しかし、X線CTはX線被曝問題が付きまとう。次に注目したMRIも、無侵襲、骨の影響を受けない、造影剤を使わずに血管像を撮影できるといった特徴がある半面、高磁場が必要で、磁場が均一でないと画像が乱れる問題がある。この高磁場のバリアをクリアできれば、X線CTにはないメリット、つまり、断層画像がリアルタイムで得られることから、確度の高い診断と治療が可能になる。正宗助教授は、磁場対策を講じるとともに、X線CTで培った手法をMRIに移植する研究へと大きくシフトしていく。

 MRIには、インテリジェント手術室とも呼ばれるオープンMRIを利用した。これで撮影した断層画像をハーフミラーによって患部に重ね合わせて表示するディスプレーを考案し、この画像情報と強磁場の環境下で駆動する手術用機器(マニピュレーター)を組み合わせた。この手術法は、整形外科や脳神経外科におけるMRI画像観察下の治療を想定したもので、マニピュレーターには、患部に針やカテーテルを精度よく送り込むために位置や方向を決定する機能を持たせた。撮影画像を手術台のディスプレーに送るのに、磁場の影響を受けない光ファイバーを選んだ。


MRI対応手術支援機器

 このシステムは、体内をあたかも透視しながら、手術中の患部の変形や切除プロセスなどに追従して治療する高度かつ精密なシステムへの第一歩となるものだ。これでどんな治療が可能になるのか。「呼吸によって肝臓の組織は動きます。動きを伴うので、通常のMRIでは治療がむずかしかったのですが、動いている肝臓にも正確に針を注入したり、脳、脊髄などに高精度で針を打ち込むことで、治療することが可能になります」。

“思考支援”でオリジナル性を浮き彫りに

正宗 賢 助教授

 正宗助教授は、ナビ手術に対し3つの方向から攻めている。(1)視覚による支援(事前に用意した画像情報と実際の患部の位置を統合して表示するシステム)、(2)手術機器の保持・位置決め支援(表示システムと連動した支援ロボット)、(3)思考支援(医師の経験などをデータベースにまとめたシナリオづくり)の3点だ。そして、研究を貫く視点が、“シンプル・イズ・ベター&ベスト”。「作業の流れをほんの少し決めてやるだけで、医師は別の仕事に集中できる。また、どうすれば手術がうまくいくかなどを、思考支援という切り口で実現したい」と強調する。

 X線CTやオープンMRIのナビ手術研究については、正宗助教授はパイオニアの一人。ディスプレー、マニピュレーターの組み合わせで新しい提案をしたが、今後は思考支援を取り入れてオリジナル性をさらに浮き彫りにしていくとともに、企業の協力を得て実用化へとステップアップしていくことにしている。しかし、実用化に当たって大きな壁が立ちふさがっているという。

 研究室で開発した最先端の医療システムを臨床の現場で使うことに対する責任の所在など、グレーゾーンの問題が表面化しているのだ。この問題が解決されないと、先端医療システムの臨床応用の道が閉ざされることになりかねない。これについては、学界、行政が一体となってガイドラインづくりを検討している。「たしかに、この点は気になるところですが、私の目指すところは、医師の新しい目や手となるシステム開発」と、正宗助教授の研究姿勢は少しも揺るがない。その姿勢こそ、あすの医療を支える情報理工学研究者の姿かもしれない。

ISTyくん